きのう何食べた?の京都編をみて思い出した京都ひとり旅のことを徒然なるままにてへぺろ


わたしは若い時癇癪持ちで人とのお付き合いが苦手でした。母もだけれどどこか障害とも言えるほどこだわりが強く心がざわつくところがあったので仲良しの友達もクールで距離感持てる人ばかり。つるむこともありませんでした。

そんな友達事情もあり、家族旅行も母が嫌がり旅行とは縁遠いわたしでしたが。

あることをきっかけに旅好きになりました。


20歳の時失恋やらサークル活動やら母との関係とか何もかも上手く行かなくなった時があって、

ある日荷物も小さなボストンバックひとつ持って品川駅の駅構内の本屋さんで小さな京都のガイドブック買って、母に公衆電話から(携帯も持っていない)これから京都に行く。心配しないで。

と言い残し新幹線で京都に行きました。


当時親友が京都の大学生だったのでそれを頼ると伝えたせいか母もびっくりしたものの、驚き過ぎて怒りもしませんでした。

その時初めて反対されない方法を知った感じです。(頼む前にやってしまう)

ところがわたし友達の家に泊まることもほぼなかったので頼るわけもなく、なんなら二人とも春休みで実家に帰ってたので知られていたらヤバかったかも笑笑


宿泊先の予約も着いてから旅行ガイドを見て電話して決めました。レディースホテルという門限のある女性専用宿泊施設があり、一泊3800円朝ごはん付きのところを選びました。(ラッキー過ぎるよ、あの頃のわたし笑い泣き)

わたしは高校生からアルバイトしてたのでそこそこお金はあったので1週間くらいいても大丈夫かな?と、京都に着いてから洋服も買い増ししました。


初ひとり旅。ところがわたしはこの旅で変わったんです。当時京都女性ひとり旅はアンノン族に人気。(懐かしい!ananやnon-noで特集組まれるようなところへ行く女子旅)

比較的歓迎ムードだったし、知らない地元の人が案内してくれたり、滞在中偶然に大学の友人にあったりバイト先の友人にあったり、行きつけになったお店の常連さんとの出会い。そこのお店でのちょいバイトもし出す頃にはもっと安いホテルを紹介されたり、バイト仲間とライブに行ったり。連絡のついた高校時代の友達が京都に戻って泊らせてくれる頃には、気がつけば人見知りだったわたしは居なくなっていました。そして季節も雪の京都も梅の綺麗な季節に変わり桜の季節へと。帰らなくてもむしろ自由に暮らせてました。

そのことはわたしの人生の大きな変化だったかも。

それでも4月に大学の単位申請には戻りました。

ただわたしの人生、ここで変わったんです。

わたしは友達とも旅行に行くようになりましたし、癇癪を起こさなくなりました。なんだったんでしょう。母は変わりませんでしたが、母との関係性が変わったのが大きいのかもしれません。


その後もなんどか京都に行きましたが、お世話になった行きつけのお店のマスターが事故死したのを知ってから縁がなくなりました。


京都は今でも特別な街です。京都の外の人を受け入れてくれる度量に救われた昔のわたしの冒険でした。