前回のブログに肉付け出来そうなので書いてみるね。
時間って
過去から未来に流れていってるか
未来から過去に流れていってるか
どっち??という話があるんだけど
前は違ったけど
いつからか、わたしは時間は後ろ(未来)から前(過去)に流れていってる感じがある。
おそらく以前の価値観では
見えてるずっと先に未来はあって
その未来に何か目標を作って
計画して
その未来に向かって進んでいく感じがしていて
過去から未来に矢印が向かっていて
時間が流れていってる感覚だったように思う。
今はココ
で
なりたい未来が先(前)にあるでしょ
そこに進んでいくわけだから
自分の足で一歩一歩進んで行ってる感覚だった。
目の前に続く道が未来で
自分の歩んできた後方に過去という道が続いている感じ。
みんなもそうだったんじゃない?
だけど
今の空っぽなわたしの時間の流れの感覚はこうだ。
今ココにわたしはいるだけで
わたしは動いていない感覚。
未来がわたしの背後から流れてくるの。
今は今という時空間の中にいて
1秒先には違う時空間がわたしの周りを包んでいて
明日になったらまた違う時空間に覆われていて
時間の方が流れていってわたしは動いていない。
その未来という時空間は「今」は見えない。
わたしの後ろにある。
時間はわたしの後ろから前に向かってすーっと流れてきている感覚なんです。
だから今目の前にある現実は
実はもう過去。
見えてるところは全部過去。
たった今さえ、正確には過去。
わかるかな。
未来はわたしを通って後ろから前に現れる。
それを味わってる。
計画を立てたり
目指すものを掲げなくても
今の自分が未来を作るから
今の自分さえ見張っていれば怖くない、みたいな。
以前感じていたように
自分が一歩ずつ進むのでなく
後ろから流れてくるから怖くないのね。
必ず未来は
少し前のわたしを通ってタイムラグを経て現れるから
わたし次第ってことが明確。
意識すべきは
わたしという筒の状態。
わたしという筒が
しんどいしんどいって感じてたら
背後からわたしを通ってやってくる現実は
しんどいものになる。
怖い怖いと感じてたら
怖いが目の前にくる。
ありがとうありがとうって感じてたら
ありがとうなわたしを通って
ありがとうな現実が目の前に見れる。
そうなっているのだとわかった。
もし以前のわたしのように
自分の足で進んでいると信じていたら
次の一歩をどうしようって考えなきゃ行けない。
自分の選択次第では道を間違えたり
迷うかもしれなくて、それはとても怖いことだ。
だけど本当は自分は止まってるの。
動いてなくて
動いているのは
時間という三次元空間が
後ろから前に向かって流れてるので
来たものを味わうしかないよね。
現れた現実は
もう変えようもないし
変える必要もない。
気に入らなければ筒である自分を変える。
と言っても
ドキドキしたり不安になることもあるよ。
過去の癖、ぶり返してるなぁって気づく。
そして落ち着く。
それだけ。
今の空っぽなわたしの
一つ一つを味わって過ごしている感覚を
思い出すだけ。