もやもやしたまま会をあとにし、ドラッグストアに寄ったのですけど

 

初めて、ほっとしたのかもしれません。

 

 

事故をした午前のことが、違う世界の出来事のようで

 

やはり想像以上に疲れているようでした。

 

 

ドラッグストアの駐車場で座席を倒して、横になってぼーっとしていると

 

突然、すっごい「悲しい」って想いが出てきました。

 

夫には午前の事故のときに、メールだけはしておいたのですが

 

ブチ切れた手前、電話などでは話していませんでした。

 

が、この「悲しい」は伝えようと思ったので

 

降伏の第一歩としてメールしてみました。

 

 

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そうしたら、すぐに電話をくれました。

 

電話くれて、優しいのです。

 

朝、あんなにひどいこと、いっぱい言ったのに。

 

 

わたしはあなたと、あんな喧嘩をしたくないこと。

 

なのに、またやってしまったこと。

 

どうしていいのか、まだわからないこと。

 

ちょっとゆっくり考えたいこと。

 

などを伝えました。

 

 

途中で電話が切れたので、「切れた」とメールしているのは、そのことです。

 

わたしが切ったと思われたくなくて、

 

でもこちらからかけるんじゃなくって、甘えたくて、またかけてきてほしくて^^

 

 

夫からはとにかく、ゆっくりしておいで、と言ってもらえました。

 

 

そして、ゆっくりゆっくり、また車を走らせました。

 

 

すぐに帰りたくないから、いくつかのSAに停まりました。

 

 

その度に、シートを倒して横になって、携帯をいじったりしていました。

 

 

その時に、フェイスブックで

 

シャンタンさんのこの投稿が目に入ったのです。

 

 


 

 

ああ、これだ…

 

とわかりました。

 

 

わたしは誰も責めたくない。

 

咎めたくもない。

 

 

そこから涙が止まらなくなりました。

 

 

でも、全部を理解できないような気がして、何度も何度も読みました。

 

 

文中に

 

「是非もっと
 わがままになってみて下さい。

あなたにはその勇気が必要です。

わがままになる事による
 まわりの人との葛藤を恐れないで下さい。」

 

 

と、あるんですけど

 

わたしは自分のこと、わがままだと思っているので、ここがわからなかったです。

 

 

だけど、涙だけ、だーだー出てくるのです。

 

それはもう、底のほうからこみ上げてくるもので

 

理由なんていいやって思いました。

 

 

なんか、へんな声まで出るんです。

 

「あー」とか「おー」とか。

 

すごいへんな泣き方でした。

 

言うならば、

 

わたし(肉体)が泣いているというより、

 

わたしの大元(魂)が泣いているような感じでした。

 

 

 

 

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夫にどんどんでてくる言葉を投げました。

 

わたしが不安だったのは

 

せっかくお仕事を辞めた夫が

 

「幸せそうに見えない」ことへの焦りだったみたいです。

 

 

先日書いたように、お金の不安はなくなっているのですが

 

夫がうまく行って欲しい、幸せになって欲しいという

 

わたしの中のサヌキ的な愛なんでしょうね。

 

 

よく、いろんな方のお悩みを聞く中で

 

旦那さんが、奥様が幸せそうに見えないことに、イライラしている図

 

ていうのがあるんですけど

 

まさに、それ✩

 

 

本末転倒。

 

相手の幸せを願っているのに、相手を責め立ててしまう図。

 

 

どこか責任を負っていたんでしょうね。

 

わたしが辞めてほしいと言った部分が大きいから。

 

 

それとともに、夫の物事への取り組み方は

 

わたしとはまったく違うのです。

 

 

わたしはコツコツ型です。

 

ひとつずつ、納得しながら、行動していくタイプです。

 

 

けど、夫は違って

 

行動より先にイメージングがあって、道筋さえ見えたら、一気というタイプなのです。

 

だから、わたしから見る彼は、動かないでいるだけ、に見えるのです。

 

 

 

そしてメールのやりとりをしながら

 

どんどん出てくる嗚咽を感じていました。

 

 

それは、わたしの魂の悲しみのように感じました。

 

 

 

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ここに書いてあるように「追われる人生」ってところ。

 

 

これもね、ホロスコープ読んでもらって、自分の星を知り

 

すごく喜びに打ち震えた部分もあったのですけど

 

その陰の部分でかな?

 

喜びの裏には深い悲しみもあって

 

そこが噴出していたような気がします。

 

 

わたしは「とことん行動する」ことが生き方にあります。

 

だから、不得意分野として

 

「行動しない人の気持ちがわからない」

 

ところがあります。

 

自覚もしていました。

 

 

でも、それは、かなり子育てにおいて、手放せてきていたように思います。

 

あと、たくさんのスクール生の方と関わることでも、ね。

 

でも、夫には

 

想いが強すぎるんだろうな。

 

まだまだ手放せていなかったみたいで。

 

 

そして、最愛の人に

 

一番向けたくない刃を向けてしまった根底に

 

わたしという命が「追われる」ことを選んでいる側面があって

 

そのことが、すごく悲しくて悲しくてしょうがなかったんです。

 

 

それは、ややもすると

 

自分の命への否定になりそうなんですけど

 

そうじゃなくって

 

これまでの人生において「追われる」からこそ、しんどかった自分が確かにあって

 

そのしんどかったときの自分のために泣いているような感じだったんです。

 

 

 

そのしんどかった自分を助けるためのメソッドが「あげまん道」であることは

 

これまで何度も書いてきたけれど

 

過去のしんどかった自分

 

そしてその自分をどこかでまだずっと否定していた部分が

 

なんだか嗚咽とともに、溶けていった感じがしたんです。

 

 

わたしの命のテーマに

 

破壊と再生があります。

 

とことん行動して、進んでいくとき

 

そのすさまじさ故に、人に伝えられることも多いのですけど

 

本当に悲しい出来事も多くあります。

 

 

 

 

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そして、夫にとてつもない感謝が溢れました。

 

 

こんなひどいこと言っちゃうわたしを、一言も責めずに

 

それでも受け入れてくれるってこと。

 

そして、どれだけひどいことを言っても

 

夫は自分を変えない。

 

変わらない。

 

その強さが本当にありがたいことなんだってわかりました。

 

 

 

無理な人は離れていく。

 

ひどいことも「わたしの愛」なんだけどね。

 

 

 

 

ちょうどさっき

 

別の件で

 

本当にこの文章を書いている最中に

 

わたしのこういう性格がもとで、お別れが起きました。

 

 

そして、その人に

 

「もっとしっかりしてください」って言われたんですけど

 

一瞬で「出来ない」って思いました。

 

 

だって、わたしはこういう人間なんだもんって。

 

長所も欠点もある、こういう人間なんです。

 

 

 

ただただ、愛の種類の違いなんだと。

 

 

言われて、心からそう思ったんです。

 

 

 

そしてそれは、夫が足もみのときに言ってた同じセリフです。

 

 

ああ、「出来ない」ってこういうことだと。

 

 

わたしが昨日夫に放ったことが

 

こうして別の方から還ってきた。

 

すぐに。

 

 

ショックだけどありがたかったです。

 

 

わたしはこういう気持ちを

 

大切な人に押し付けようとしてたんだなってことに。

 

 

 

ごめんなさい。

 

 

ありがとう。

 

 

 

いっぱい泣いて

 

憑き物が落ちたみたいに体が軽くなって

 

こわばっていたものが緩んでいきました。

 

 

 

 

また、わたし、変われそうです。

 

 

自分の「追われる人生」を

 

もう少しコントロールしていけそう。

 

 

それは隣に

 

違う人生のペースを持つ、夫がいてくれるから。

 

 

この人のことが大好きすぎて

 

降伏しかできないから

 

学ばせてもらってるんです。