わたし、自分の顔が好きではなかった。


だから、あまり鏡を見なかったのかもしれない。


子育てに追われているふりをして

向き合うことを避けてきていた。


子育てしていたって、キレイに気を使っている人は

山ほどいるのに

きっと、私は自分が好きでなかったから

そこから逃げていただけだったのです。


この春「ちゃみの森」をオープンして

毎月の新月の願いごとに

「美しくなります」と書いていたんです。


そんな願いはこれまでには、なかったこと。


なぜ、そう思ったのかというと

これまで心の浄化に関しては、人一倍興味があったし、取り組んできたのだけど

心を扱う上で、心と外見は切っても切り離せないものであることが

わかってきたんです。


それがよく分かった本。


滋賀県朽木、「女性を救う」リトリート施設のちゃみ

これ、Kenjiさんから勧められたんです。

勧められて、読んだあと、ショックだったなぁ~

だって…内容が

貧相な人は幸せになれないのは当然。

また逆に、福相の人が不幸になるのも無理なんだそうです。

だから簡単に幸せになる方法は、「福相になるいこと」が一番大切。

福相になるっていうのは、顔が良くなければいけない、というのではなく、 ましてや耳たぶが福耳でなくてはいけない、とかそういう事ではないのです。

顔立ちがどうのこうのって、それは好みですから。

一番重要な事。 それは顔につやかあるかどうか。この一点だけが重要です。

顔の良し悪しや、顔のパーツがどうのこうの、では無いそうです。 とにかくつや。

テカテカなほどのツヤ。 顔にツヤがある人は絶対不幸になれないそうです。



…(笑

これ読めってことは、わたしは貧相ですよ、と

顔につやないよって言われているのも、同じ。


確かに~

そうだったんです。
去年のわたし。



本の中から一部抜粋です☆

女の人って観音様と同じなの。

いくら精神的な勉強しようが何しようが
あんまり地味だとそんな人に憧れないの。

人が憧れるような格好しな。

憧れてついてきた人に精神的な話しな。

だから観音様ってすっごいお洒落なの。

阿弥陀様っているでしょ。阿弥陀如来っていうのがいるんだけど。

如来の下が菩薩。阿弥陀様くらい偉くなるとタオルかシーツみたいの
巻いてそれで済ましちゃって洒落っ気ないんですよ。

だけどそれだと近づきがたいの。

途中にね菩薩という位があるの。

菩薩さんっていうのは本当に着飾っていてきれいなの。

だけど必ず『眼前において弥陀の教えを忘れぬ』と 
私こういう格好しているけど自分だけの
お洒落じゃありませんよ。って言ってるんだよね。

だからしっかりお洒落しようね。


↑抜粋ここまで♪

この一人さんのお話を読んで、美しくならなきゃって思ったんです。

これは真実だ、と思ったの。


そんな努力をぼちぼちとしてきて

今も努力中なのだけど

おとといの祐樹さんのセッションを受けたのは

それを確認してみたかったのかもしれない。


わたし自分の顔を確認して

初めて、自分の顔好きだと思えた。

「わたしがいっぱい…」



まだまだ、

もっともっとキレイになるよ~☆