今日、父が帰っていきました。

たった5日間の滞在でしたが、
いろいろ感じることも、多かったです。


それはいつもいつもなのだけど。

自分の親と向き合う時間は

否応なく、自分と向き合わされてしょうがないのです。


なんてったって、親が一番の「自分の鏡」だなぁって思いました。


父のいろんな言動や行動に

以前なら、批評や非難やそんな気持ちばかり沸いていた私だったけど

だいぶフラットになってこれて


今回は可愛いなぁと思えたり

さみしいのだなぁと気付けたり

愛しいなぁと感じたり

精一杯なのだなぁとわかったり



これまでとは違って、感情が波立つこともほぼなく

ニュートラルに父と過ごせたように思います。

だって、去年なんて 「クソジジィ!」と言って泣かせてしまった汗


そんな中で

今日、駅まで送る車中

70歳になっても、私と車に乗るときは自分が運転しようとしてくれる

そんな父の後ろ姿を見ながら

この5日間のことを思い返していたら

新たに見えた父のいろいろな側面は

すべて自分の中にあるものなんだと気付きました。


なんか、すべて私もらっているんだなぁと思って


父のきっちりしている部分も

せっかちな部分も

人をコントロールしようとするところも

愛したいのに愛し方のわからないところも

思いが高じてイライラするところも

すぐ反省するところも


不器用だけど、母のことも私のことも妹のことも

すっごく愛している気持ちとか

父の精一杯今を生きている思いとか


父なりの方法で

現実を受け入れ

家族を愛し

今を精一杯生きている

後悔もすべて飲み込んで

ただ与えられる一日を過ごしている


そんな背中を見ていると

どんどんせつなくなってきて


あれれ

全部、私なんだと。


父は私で、わたしは父。


母も私で、わたしは母。


当然だ。

こうも、ありとあらゆる部分を受け継いでいるのは

両親なのだから当然なのだけど



だからこそ

両親を愛せないなら

自分のことを愛せないのなんて、当然だと


当たり前の当たり前のことが、腑に落ちてきて

せつなくなって、こっそり泣いていました。


私はやっとやっと

父のことをちゃんと愛せているのだなぁって。


長くかかったけど

それはイコール

自分のことをちゃんと愛せているのだなぁって。



そういうことに、今日、すきっと自信を持てました。


もう、いつお別れしても

大丈夫って思えました。


親を愛せなかった期間は

本当に苦しかったのです。


それは自分を愛せないのと背中合わせだから。


現実的に、わかりあえない部分は

もう、愛と根性で埋めていくしかないのだなぁ。


来年以降は、長男が高校に進学しないのとか

そろそろ次男の不登校も隠せなくなってくるかもしれないし


そんなとき

私はちゃんと父と

話し合うために向き合っていくのだろう。


楽しみなようーな

いや、やっぱり…


嫌かなぁ~(笑