★2014年1月の過去記事の再アップです。最後に今の文章で追記あります★
だらしない人が嫌いなら
だらしないときの自分が嫌いってこと
無口な人が嫌いなら
無理に自分がしゃべっているってこと
空気を読まない人が嫌いなら
空気を読めなかったときの自分を責めている人
ズケズケものをいう人が嫌いなら
あなたがいつも言いたいことを溜めているってこと
目立つ人が嫌いなら
あなたが自分を表現できていないってこと
汗っかきが嫌いなら
自分の体を愛せていないってこと
八方美人が嫌いなら
あなたは本当はもっと愛されたいってこと
✩ ✩ ✩ ここから現在の文章です ✩ ✩ ✩
嫌いな人が現れたときって、ある意味チャンスで
それは好きな人が現れたときと同じ意味があると思ってます。
好き、と 嫌い、はとても似ている。
好きの反対は、嫌いではなく「無関心」だと思うから。
好き、も 嫌い、も、心がとても刺激を受けて、かき乱されるでしょ?
その人のこと無視したくっても、出来なくなるほどに、心を奪われちゃうっていうのは同じ。
なぜそうなっちゃうのかっていうと
その人が、わたしにはない世界観を持っているからなんだよねぇ。
好きになる人は
わたしにはない世界観を持っている、かつ、その世界観にとても憧れを抱いている場合。
嫌いになる人は
わたしにはない世界観を持っている、かつ、その世界観を自分に禁じている場合。
この違いだと思うの。
だから、どちらも
自分の世界観が広がるチャンス。
自分が拡大できるチャンスなんだよね。
さて✩
心地悪いのは「嫌い」の感情。
どう扱うか?は決められます✩
その禁じている世界観を
自分に許してみる?
それか、やっぱり禁じたままってのもOK.
どっちでもいい。
選ぶだけ~。