私ね、子供の頃からかなりの「コダワリ」をもっていました。
自分にとっては普通!過ぎてフォーカスしてなかったかも?
七五三のスナップ (私3歳、姉7歳、母33歳)
先日のコンサルで (→その様子はコチラです)
「コダワリこそ貴女そのもの! その辺りをブログでも書いたら良いんですよ~」
と薦められました。
確かにね~「私そのもの」なんだとしたら自己紹介代わりにもなる。
だったら私という人間を知って頂く為に、思い出せる限り書いてみようって思います。
第一弾は、押し入れ事件簿!(笑)
すでに両親ともに他界しているので、誰に気兼ねもなく・・・
エピソードとして書いても良いかもね~
ある意味、ヤバくないですか?ってほどの話ですが、
私のコダワリが誘引だったとも思われます。
私ね、子供の頃に母から叱られても、自分が納得しなければ絶対謝らない!
そんな強さを持った子供でした~(笑)
素直に「ごめんなさい」が言えたら事は大きくならず?
母もそれ以上の逆上を免れたはずなんだよね~
ところがです!
まだ幼稚園くらいの私にも、余程の意地があったのか?
訳も分らず謝るなんて絶対無理!だったようで、徹底的に母を困らせました。
とにかく謝らない!
母も後に引けず、最終的には実力行使に出るしかない
よく真っ暗な押し入れに閉じ込められました
それもね、手足を縛られた状態で
それはもう大事件ですよね?
大声で力の限り泣いて、少しだけ自由の効く足で襖を思いっきり蹴とばす。
ありったけの力を振り絞って抵抗しました!
(もうこれ、間違いなく虐待だね
)
母は襖が破けるんじゃ?って
そっちの方が気がかりだったそうですよ~
母の言い分、いつも一貫しています。
「謝んなさい!!そうしたら許して上げるから」
(↑かなりの上から目線)
襖をへだて、母と私の根競べ(笑)
両者一歩も引かず・・・
もう誰にも止められない状態です。
私の取った行動は2パターン!
パターンその1 脱出成功
あらぬ限りの死力を尽くし、何とか縄抜けの術に成功
まずは手の紐をほどき、次に足の紐をほどく。
そして自ら襖を開けて自力脱出
パターンその2 文字通りの泣き寝入り
どれだけの死力を尽くしても、手足を縛られた紐が解けないケース
暗いし恐いし一刻も早く外へ出たい!
けど謝るなんて有り得な~い!!
泣き疲れた末、力尽きヘトヘトになって寝入る
静かになった娘を心配し、母が根負けし救出される他力救出
いま書いてても、すごいな!って感心しちゃいますね。
これね、笑えない時代が長かったですよ~
ハッキリ言って児童虐待でしょ?
ユル~く縛ったとは言え、写真のとおり身体の大きさが全くちがう。
今の時代なら間違いなく大問題だもんね。
母は大人になった私にもよくその話をしていました~
もちろん笑い話として、どれほど私が「キカナイ子」だったかを語りました。
そしてその度に、反論したけど全く意に介さない
自分のしてきたこと、その罪の重さに気付いてなかったね。
しか~し!
4歳年上の姉もこの光景はよく覚えていて、とにかく怖かったそうです。
「京子はなんで謝んないんだろう? こんな風に怒られちゃうなんて怖い」
助けることも、止めることも出来ず、ただただ震えていたんだって。
(左 すぐに謝った素直な姉 ・ 右 絶対に謝らなかった私)
何がなんでも謝らなかった自分、今となっては感心しちゃいます。
子供なんだから、そんなに捻くれていたはずない。(たぶん?)
謝らなかったんじゃなく、謝れなかったんじゃないか?って思うんです。
なぜ怒られているのか?
なぜ謝らなきゃいけないのか?
そこが全く理解できず、理不尽過ぎて納得いかなかった。
ただそれだけだったんじゃないの?って思うんだよね~
そうそう、今も記憶に鮮明なのが母の言葉!
押し入れの襖越しに何度も聞きました。
「お姉ちゃんはすぐに謝るのに、どうしてお前は謝れないのっ!!
ゴメンナサイ!って言いなさい
そうしたら出して上げるからっ」
謎でしょ?ツッコミどころ満載です。
なぜお姉ちゃんは謝り、お前は謝らない?変だよね~
お姉ちゃんは悪いと思って謝ったのか?
それとも怖いから謝っておいたのか?
いまも謎(今度聞いてみようっと)
同じ親に育てられた姉妹でも、私と姉は真逆でした。
母にしてみたら私は本当に扱いにくかった事でしょう。
これを書きながら、いくら何でも一回くらい謝ってみた事ないのかな?
と記憶を辿ってみたけど・・・
やっぱり
ただの
一度も
無~~~い!!(爆)
我ながらビックリ
たった4~5歳の娘に母は全敗したわけでしょ?
それはそれは大変だっただろうね~(笑)
時は流れてウン十年。
今の私にそのまま残ったコダワリは・・・
納得したい!
良くも悪くも理解したい!
でもね、素直に「ごめんなさい」が言える大人になりました(笑)
間違いに気付いたらさっさと認めるし、素直に心から謝ります。
誰にでも間違いはあるし、自分を責めすぎる事はしません。
そこはね、自分にも他者にも正直ですよ~
逆に気付いていながら誤魔化したり、更に繕う人は個人的にアウト!!
ズルい人は大嫌いです。
権力や腕力に屈しない子でした。
どんなに大きな相手にも徹底抗戦!
その片鱗は今でも残ってるな~
嫌なものは嫌!
理不尽なことは絶対NO!
もちろん今はもっと賢くなりました。
泣き叫んで抵抗したり、縄抜けの術も不要です。
正直者だし、正義感強いから、正攻法で行きますよ~
中学時代にはどうしても嫌!が高じて「校則」変えちゃいました
これもいつか書きます。
今日はあの頃の私をギュッと抱きしめて上げよう
力に屈することなく、精一杯の抵抗をしながらも自分を貫いた私。
スゴすぎる
あら?コダワリエピソードのはずだったんだけど、着地点ここ?
何だか自分賛歌ちっく?
ま、良いとしよう!
それと、母と私の関係はいたって普通でした。
優しかったし、お人形遊びにも良く付き合ってくれました。
そして最期の時を迎える前に
「お母さんは本当に幸せ!京子がいつも気に掛けてくれるから~」
そんな言葉も貰いました。
母が旅立った時、初めて知りました~
お母さんって、こんなに美しい顔立ちの人だったんだぁ
女優さんみたい
ストレス満載だった母、内側の心象風景ダダ漏れでした。
いくら美人でも内側から発するモノの方が大きいんだよね。
全てを終え、生を全うしたあとに、ようやく本来の美しさを取り戻したんですね。
亡くなって初めて知った母の美しさ、衝撃でした~
色々な事を教えてくれた母に心から感謝です。
押し入れ事件簿でした。
また、時々コダワリシリーズ書こうと思います。
長々お付き合いいただき、有難うございました
自分にとっては普通!過ぎてフォーカスしてなかったかも?
七五三のスナップ (私3歳、姉7歳、母33歳)
先日のコンサルで (→その様子はコチラです)
「コダワリこそ貴女そのもの! その辺りをブログでも書いたら良いんですよ~」
と薦められました。
確かにね~「私そのもの」なんだとしたら自己紹介代わりにもなる。
だったら私という人間を知って頂く為に、思い出せる限り書いてみようって思います。
第一弾は、押し入れ事件簿!(笑)
すでに両親ともに他界しているので、誰に気兼ねもなく・・・
エピソードとして書いても良いかもね~
ある意味、ヤバくないですか?ってほどの話ですが、
私のコダワリが誘引だったとも思われます。
私ね、子供の頃に母から叱られても、自分が納得しなければ絶対謝らない!
そんな強さを持った子供でした~(笑)
素直に「ごめんなさい」が言えたら事は大きくならず?
母もそれ以上の逆上を免れたはずなんだよね~
ところがです!
まだ幼稚園くらいの私にも、余程の意地があったのか?
訳も分らず謝るなんて絶対無理!だったようで、徹底的に母を困らせました。
とにかく謝らない!
母も後に引けず、最終的には実力行使に出るしかない

よく真っ暗な押し入れに閉じ込められました

それもね、手足を縛られた状態で

それはもう大事件ですよね?
大声で力の限り泣いて、少しだけ自由の効く足で襖を思いっきり蹴とばす。
ありったけの力を振り絞って抵抗しました!
(もうこれ、間違いなく虐待だね
)母は襖が破けるんじゃ?って
そっちの方が気がかりだったそうですよ~
母の言い分、いつも一貫しています。
「謝んなさい!!そうしたら許して上げるから」
(↑かなりの上から目線)
襖をへだて、母と私の根競べ(笑)
両者一歩も引かず・・・
もう誰にも止められない状態です。
私の取った行動は2パターン!
パターンその1 脱出成功

あらぬ限りの死力を尽くし、何とか縄抜けの術に成功

まずは手の紐をほどき、次に足の紐をほどく。
そして自ら襖を開けて自力脱出

パターンその2 文字通りの泣き寝入り

どれだけの死力を尽くしても、手足を縛られた紐が解けないケース

暗いし恐いし一刻も早く外へ出たい!
けど謝るなんて有り得な~い!!
泣き疲れた末、力尽きヘトヘトになって寝入る

静かになった娘を心配し、母が根負けし救出される他力救出

いま書いてても、すごいな!って感心しちゃいますね。
これね、笑えない時代が長かったですよ~
ハッキリ言って児童虐待でしょ?
ユル~く縛ったとは言え、写真のとおり身体の大きさが全くちがう。
今の時代なら間違いなく大問題だもんね。
母は大人になった私にもよくその話をしていました~
もちろん笑い話として、どれほど私が「キカナイ子」だったかを語りました。
そしてその度に、反論したけど全く意に介さない

自分のしてきたこと、その罪の重さに気付いてなかったね。
しか~し!
4歳年上の姉もこの光景はよく覚えていて、とにかく怖かったそうです。
「京子はなんで謝んないんだろう? こんな風に怒られちゃうなんて怖い」
助けることも、止めることも出来ず、ただただ震えていたんだって。
(左 すぐに謝った素直な姉 ・ 右 絶対に謝らなかった私)
何がなんでも謝らなかった自分、今となっては感心しちゃいます。
子供なんだから、そんなに捻くれていたはずない。(たぶん?)
謝らなかったんじゃなく、謝れなかったんじゃないか?って思うんです。
なぜ怒られているのか?
なぜ謝らなきゃいけないのか?
そこが全く理解できず、理不尽過ぎて納得いかなかった。
ただそれだけだったんじゃないの?って思うんだよね~
そうそう、今も記憶に鮮明なのが母の言葉!
押し入れの襖越しに何度も聞きました。
「お姉ちゃんはすぐに謝るのに、どうしてお前は謝れないのっ!!
ゴメンナサイ!って言いなさい
そうしたら出して上げるからっ」謎でしょ?ツッコミどころ満載です。
なぜお姉ちゃんは謝り、お前は謝らない?変だよね~
お姉ちゃんは悪いと思って謝ったのか?
それとも怖いから謝っておいたのか?
いまも謎(今度聞いてみようっと)
同じ親に育てられた姉妹でも、私と姉は真逆でした。
母にしてみたら私は本当に扱いにくかった事でしょう。
これを書きながら、いくら何でも一回くらい謝ってみた事ないのかな?
と記憶を辿ってみたけど・・・
やっぱり
ただの
一度も
無~~~い!!(爆)
我ながらビックリ

たった4~5歳の娘に母は全敗したわけでしょ?
それはそれは大変だっただろうね~(笑)
時は流れてウン十年。
今の私にそのまま残ったコダワリは・・・
納得したい!
良くも悪くも理解したい!
でもね、素直に「ごめんなさい」が言える大人になりました(笑)
間違いに気付いたらさっさと認めるし、素直に心から謝ります。
誰にでも間違いはあるし、自分を責めすぎる事はしません。
そこはね、自分にも他者にも正直ですよ~
逆に気付いていながら誤魔化したり、更に繕う人は個人的にアウト!!
ズルい人は大嫌いです。
権力や腕力に屈しない子でした。
どんなに大きな相手にも徹底抗戦!
その片鱗は今でも残ってるな~
嫌なものは嫌!
理不尽なことは絶対NO!
もちろん今はもっと賢くなりました。
泣き叫んで抵抗したり、縄抜けの術も不要です。
正直者だし、正義感強いから、正攻法で行きますよ~
中学時代にはどうしても嫌!が高じて「校則」変えちゃいました

これもいつか書きます。
今日はあの頃の私をギュッと抱きしめて上げよう

力に屈することなく、精一杯の抵抗をしながらも自分を貫いた私。
スゴすぎる

あら?コダワリエピソードのはずだったんだけど、着地点ここ?
何だか自分賛歌ちっく?
ま、良いとしよう!
それと、母と私の関係はいたって普通でした。
優しかったし、お人形遊びにも良く付き合ってくれました。
そして最期の時を迎える前に
「お母さんは本当に幸せ!京子がいつも気に掛けてくれるから~」
そんな言葉も貰いました。
母が旅立った時、初めて知りました~
お母さんって、こんなに美しい顔立ちの人だったんだぁ

女優さんみたい

ストレス満載だった母、内側の心象風景ダダ漏れでした。
いくら美人でも内側から発するモノの方が大きいんだよね。
全てを終え、生を全うしたあとに、ようやく本来の美しさを取り戻したんですね。
亡くなって初めて知った母の美しさ、衝撃でした~
色々な事を教えてくれた母に心から感謝です。
押し入れ事件簿でした。
また、時々コダワリシリーズ書こうと思います。
長々お付き合いいただき、有難うございました


