こんにちは。
笑顔と度胸の
ネイリスト 夏川昌英(よしえ)です。
無性にお肉が食べたい!私です(≧∀≦)
今、少し長い
シリーズで書かせて頂いております。
①はこちらです➡️私が私じゃない理由
前回の④は
こちらです➡️私が私じゃない理由④幼少期
少し重たい話だなと思われてるかなと
思いつつも書いています。
ライトに書けなくて・・・。
続きです。
お父さんのことが大好きだった!
毎月っていいほど私たちをいろんな所に遊びや
旅行など連れて行ってくれました。
そんなお父さんがいなくなって
悲しいという気持ちもありましたが
裏切られたと。
私たちは
お父さんが帰ってくるのを
お母さん(ママ母)と私たち兄弟、妹と
で待ち続けるという生活を共に
過ごしていました。
お父さんがいない間の私たちの
生活費などは
私の叔父ちゃんが面倒を見て
くれていました。
叔父ちゃんは1代で会社、事業をおこし
商売人で財を得た立派な人でした。
しかしとても厳格で厳しい人で
礼儀作法など特に!
いつも話する時は正座で
また勉強しろが口癖でした。
私たちに住む家を与えてくれて
生活まで面倒みてくれ
私立の学校まで出してくれた人です。
あとでわかったことなのですが
私を産んでくれた母親も
厳しすぎる叔父ちゃんに耐えられず
私たちをおいて出ていったと!
また
女1人、子供3人も抱え連れて出ていっても
生きていけるかわからない。
私たち3人はここにいた方が幸せだろうと!
私たち兄弟は何度も施設に預けられそうに
なっていたことも聞きました。
そこで助けてくれたのも叔父ちゃん。
お父さんの目茶苦茶癖にも
困りはて、お父さんと
私たち兄弟をなんとか一緒に
生活させたいという事で
お父さんとお母さん(ママ母)を
お見合いさせてひきあわせたのです。
しかしお父さんの目茶苦茶癖も
厳格な叔父ちゃんと
叔母ちゃんとの確執から
だったと知るのです。
つづく。


