BlogMagazine-SoL -『ソル』-ママ&ワイフを楽しむおんなたち-不思議なお葬式

「あそこにお父さんがいます」
ミンダさんが指さした先には鮮やかな黄緑色のキリギリスが一匹、濃い臙脂色のカーテンの天井近くに微動だにせず止まっている。死んでいるのではない証拠に、よく見ると触角が細かく動いている。

日本語学校の学生ミンダさんのお父さんは、半年間におよぶ闘病生活の末、4日ほど前に亡くなった。肺がんだった。フィリピンのお通夜は長い。地方や海外などにいる親戚一同が集まるまで、一週間、時にはそれ以上遺体を安置し続ける。

フィリピンのお通夜に初めて行った日本人は、まずそのにぎやかさに仰天するだろう。お通夜といっても日本のそれのように、何時から、と時間を決めてお経をあげたり、儀式をするわけではなく、弔問客はそれぞれ好きな時間にフラリと訪れる。
喪服は最終日に棺を墓に持って行く時だけで、それ以外の日は身内も客も普段着のまま。
会 場もたいてい自宅だ。台所には弔問客のために食事やスナック、お酒などが大量に用意され、客も身内も一緒になって、食べたり、飲んだり、おしゃべりをした り、陽気に過ごす。夜が更けるとトランプやビンゴなどのゲーム大会やカラオケ大会が始まり、笑い声も響く。それがフィリピン流のお通夜の風習なのだとい う。

親しい友人に恐る恐る尋ねてみたことがある。「亡くなった人の家族は悲しくないの……?」友人はこう答えた。「悲しいよ。でも人生の最後のイベントなんだから明るく楽しくしないと亡くなった人がかわいそうでしょ」
そして続けた。
どうしても泣きたくなったら、みんなから離れたところで一人でこっそり、少しだけ泣くのだ、と。

棺の前でゲーム?と眉をひそめる日本人もいるだろうが、フィリピンの人々にとってはお通夜に来たお客さんに楽しく過ごしてもらうことが亡くなった人への供養なのだ。そして亡くなった人はその様子を眺めて安心する。

私はその話を聞いた時に亡くなった人はてっきり天国から眺めているのだろう、と思った。
だが違った!
ミンダさんのお父さんのお通夜に呼ばれた時、新たな驚くべき事実が明らかになった。
フィリピンでは亡くなった人はお通夜の間、虫に姿を変える。それは比喩でも何でもなく、本当に虫になるのだ。少なくとも、フィリピン人はそう信じている。

一緒に行った学生たちは口々に「うちの祖父はコオロギになった」「私の母はちょうちょだった」と当り前のように語り、その虫たちはお通夜の間、棺からつかず離れず残った家族や客を見守り、棺が墓に運ばれると同時に姿を見せなくなるのだという。

私がいまいち信じきれずにいると、それまで黙って話しを聞いていたミンダさんが指をさした。
「私の父はあそこにいますよ」と……。


written by かおり