ひーーー!
手の大怪我です。
ふぅ、、本当なにやっとんねんってことですけども、やっちまったものは仕方ない。
でも、人生がひっくり返るようなミラクルな出来事が起きたので聞いてください。
遡ること2日前
その日、私は実家の親と電話をしていて、非常にムシャクシャしていました。
電話しなきゃいいのに、もう大丈夫だろうとか
やっぱり繋がりたい気持ちが諦められずに些細な用で電話してしまう。
これまで思えば小学生の時くらいから、ずっとずっとチャレンジしてることで
その度にやっぱりわかってくれない!と嘆いてきた私の半生。
なんと、今回それが終りを迎え、この世界線に終止符を打つことができました!
ただ、そのムシャクシャしてた電話は、本当に悲しくて「私は悪い子」と扱ってくるお父さんに怒りが溢れてきてました。
例えば体が弱ってきた父に「見舞いにいくよ」と言うと「来てどうすんの?弱っていく俺を見て、面白いか?」とか言うわけです。
そりゃ、隣でスピーカーで聞いてた娘も
「可愛くない。早く切りな?喧嘩なるよ」
という始末。
結局、何も言わないまま電話を切りましたが、悲しくてムシャクシャして。
で、事は起きた。
その日の夜、彼とお酒を飲んで映画を見て楽しくしてたのですが、ささいなことでカチンとなった私が彼に喧嘩ふっかけたんですね。
でも、彼も相手してくれなくて、私そこで、親の分のムシャクシャもあったから
そこにあったガラス製のボウルに思わずガンっと怒り出ししたのね。
そしたらのボウルが割れて
思いの外、深く割れて、、
それが手首にザクッといってしまった。
ひー!!!!!!
びっくりするくらい血が出ちゃって彼が慌てて救急車を呼んでくれ、なんとか病院に連れてってもらって縫合してもらったけれど
手の感覚が1部ない。
てか、指の感覚がない
オワッタ
恐怖!!みたいなことになりましてね。
翌日、病院で見てもらってくださいってことだったのだけど、これからどうなるんだろうとか不安もあるけど、誰かに頼りたい、でも迷惑かけたくない、とかそんな気持ちでぐるぐるして
彼も仕事だし
病院に行くまでの時間
結果、もうこれでダメなら諦めようと
ラスボス親に電話をかけました。
これまで何度も雪解けと国交回復を目指してトライしては、一進一退を繰り返してきた両親との関係、、、(難関)
絶縁も繰り返したけど、親が大きく変わることはなく、悲しい思いは残ったままでした。
電話をコールすると、緊張ぎみに母親がでます。
というのも
幼少期からの親との体験は人生の思い込みに大きな影響を与えるんですね。
私は特に姉の死後、親との癒着が深くなったので(一人っ子、長子は特に影響大きいです)
余計にそうなので、何度も親に
小さな頃からの悲しみを受け取ってもらったり、気持ちをやりとりしたかったのですが
(これができると、すごく体感は楽になる)
疑似家族からその癒しを体験出来るのですが、私の手術は私は出来ないから、実の親に何度かチャレンジしてきたわけですが
その度に、父は
「過去のことをわざわざ話して、親を否定して、そんなに気持ちいいんか?
俺等に死ねっていうんか?」と、
母は「じゃ2度関わりません」と、
こう来るんです。
飛躍しすぎやろ!
わかります?こういう自責フィルターががっつりかかる。認知の歪みオバケです。
だから、私の電話に身構えて出てくるのです。
今回も面倒そうに、また責めてくるの?と言わんばかりの声色で
「今。外で買い物なんだけど、なに?」
と、言う事変わらず冷たい母に
今日はさすがに憔悴した私も言い返せず
「手首が切れて、手が使えなくなるかも」
「切断しなきゃかも」
↑もちろん大袈裟に言ってます。
って言ったんですね。
言った瞬間は親を悲しませ怒らせ、いや、激怒させると思ったので怖かったのだけど
全体重をお母さんに掛けてみようと思ったんですね。
すると、雰囲気一変してすぐに折り返す!と言われ、しばらくして折り返しのコールがありました。
大丈夫、絶対大丈夫やから、、、と言い
父に代わりました。
父ははじめ、すごく興奮していて
おそらく自傷行為、自殺未遂やと思ったみたいで、(潜在では自傷行為ですわな)
何が不満なんだ?と言ってきたんですが
「怒らんと聞いて」
「そうか、そうか」って聞いてと伝えて
前日の電話が悲しかったこと
幼いころからいつも私を悪い子として扱ってきたこと、
強く生きろと言われて疲れていたこと
生きてないほうが良いのではと思ってたこともあること
親のために頑張ってきたけど、全く親を幸せに出来ないところか、嫌われて拒絶されてると感じているところ
などなどを話したんですね。
私、幼いころから親の前で泣かないと決めてから、こんなに泣いたことはない!ってくらい
ワーワーと泣きました。
すると、初めてお父さんが、そうか、そうか、と聞いてくれたんです。
前回も、聞いてくれたときもあったけれど、こんなに優しく心寄り添って聞いてくれた時間はじめてでした。
そして、
「ワシら、全然知らんかった。
好きに楽しく強く明るく生きてるのやなぁ
自分勝手で好き放題生きてるんやな
嫌なら離婚して自由でええなぁ、くらいにおもってたわ、そんな辛かったんか」
と言ってくれたんですね。
結婚を何度もしたのも、親を喜ばせること、自分のためでもあったけど
孫が欲しい親を喜ばせるためだった
でも、うまくいかなかった
というようなことを言ったら
そうか、そんなに大事にしようと思ってくれたんか、とお父さんが受け取って
それは、悪かった
ほんまにわかってなかった
子供を理解してやれなかったすまない
と、言ってくれたんです。
もう、本当にこれは凄いことでした。
続きます
Sayaka



