こんにちは

意識を広げて幸せな世界を叶える

Light Writer Believe Blessです

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仙酔島の砂浴は格別なのである。



3年前、チャネスク同期のそえじま美ゆきさんのリトリートで仙酔島を初めて訪れ、この砂浴と、その後の海水浴の気持ちよさに、深い癒しを覚え、また砂浴しに来ようと強く思ったのだった。

仙酔島のこの小さな浜は、1日2回満潮になるのだが、その時すっぽり浜ごと海水に満たされて、海の底になる。

毎日、自然の力できれいに砂が浄化されている。

天然ミネラルがたっぷりで、そのミネラルが身体に溜まった重金属や不調を及ぼす物質を排出してくれて、本来の自然なミネラルと入れ替えてくれる。

砂浴は佐藤さんが一手に引き受けていて、
今では『仙酔島の佐藤の砂浴』と呼ばれる。




佐藤さんから直接伺う、数多のミラクルな体験話は驚きの連続で、

それは、人が自然と共にあることの大切さを知ることになり感嘆せずにいられない。

今回も数々のステキなお話を伺った。
その一つに

「ソマチッドが活性化する5つの浴がね、
日光浴、月光浴、海水浴、森林浴、温泉浴なんですよ」
とか

それから、
不思議な不思議な竹水のお話とか。

特に、この不思議な竹水のお話は、
聞いているうちに、なんともそれを飲みたくなって、終にはK先輩と共に、来年開催されるイベントの予約をしたほど神秘的で魅力的だった。

私は相変わらず、テンションマックスを維持したまま、それらのお話を聞いた。

夏休みの小学生のように、わくわくしながら。


佐藤さんが言うには、

「人間の健康ってね、5つの浴を一年に一回でもして、その時は子供みたいにウキウキして、はしゃいだらいいんですよ。そうしたら自然が力を与えてくれるんです。一回するかしないかで大違いです。」

なのだそうだ。

すごーくわかる。
こういうところが共感マックスなのだ。

私は最近よく思いだすのだ。

実家の側の、小山にある神社に続く階段を昇り、頂上の神社をお参りして、その向こうにある山中の畑を通って、なだらかな小道を降り、家に戻る。

そのルートは界隈に住む人たちから
「てんのどう」と呼ばれ親しまれていた。
字は「天の道」と書く。


天の道。
呼び方は田舎くさいが、素敵なネーミングよなと、今になると愛しく思う。


小学生の低学年くらいまで、祖父母、父、親戚、友達、近所のお兄ちゃん・お姉ちゃんたちとも一緒に登ったし、一人で歩くのも好きで、よく行っていた。


あの小山の上を歩く小さな自分が目に浮かぶ。

父がよく言う、可愛いくてちょっと可哀想な、そんな雰囲気の自分。


私自身は幼児で悲哀を感ずるわけもなく、ぽんとしながら、ただ自然の中を歩くのが好きだった。


佐藤さんは、その頃の私を思い出させてくれるのだ。
だから、懐かしさと親しみを感じるのかもしれない。


紛れもなく自然の中にいて包まれていた。
あたたかいような感覚のする、あの空間。

仙酔島もそんな感じがする。

でも、もっと力が大きく、深く、強いようだ。
優しい雰囲気に覆われているが、

そう、この島が、妊婦の姿をしているのも偶然は神なるもの、母なる大地、母の愛の深さと大きさ、強さ、それらを感じられる。


仙酔島にいることは、母体の中にいることで

ここを出る時は、生まれる時と同じで

そして、戻って来れば

お帰りなさいと言って迎えてくれる。



母の体内で
K先輩と私は霊的双子になり
鯛づくしをいただいた。








他にも、塩焼き、鯛めし、鯛の潮汁、デザート。
てんこ盛りであった。

双子の一方は、前回の上下浄化を恐れ、生ものは控えがち。。


栄養をたっぷり補給したあと、腹ごなしに真っ暗な夜の海辺を散歩した。

剣山で見れずじまいだった星は、仙酔島の空に広がり瞬いていた。





翌7月31日の朝。

日の出の海でアーシングをする。






朝ご飯は、
これまた恒例の杵と石臼の餅つきをして
出来立てほやほやの柔らかいお餅をたらふくいただいた。

その後もお粥御膳が待っていた。
てんこ盛り三昧である。

母心というものは、とかくよく食べさせようとする。

食べきれないお餅を、板さんが塩大福にして包んでくれた。








つづく