アタマではわかってるのに行動できない。
こうした方がいいと思ってるのに、そうできない。

そんなこと、ありますよね。
私も、まだまだ、まだまだあります。


そういうときに、
アタマでわかっていることや
こうした方がいいと思っていることは、

大抵の場合が、「自分の本心」じゃなく、
「そう思うのが、きっと正解なんだよね」
っていう、世間や周囲の視点。


たてまえ、ってやつだと、私は思ってます。


たてまえ、といっても、
一応自分で理解し受け入れているので
なんなく行動できるときももちろんありますが、

そうじゃないとき、

それは
「たてまえ」が「見栄」に
傾いているとき、なのかも。




あるとき

わたしは、ある選択をしようとしていました。
そのことを、身近な人達に相談すると
10人が10人、いい顔をしませんでした。

身近な人にことごとく反対されるなんて
生まれて初めてのこと。
自分の中に、不安と恐怖がむくむくとうずきます。

こんどは、自分のことを知らない人に

周囲がみな反対する選択は
しないほうがいいのでしょうか、と
相談しました。


するとその人はこういいました。


「あなたはそれがいいんだから、しょうがないわよ」


たとえ自分の選択が間違っていたとしても
自分は「そんなの」がいいんだから
「そんなの」を選びたい自分なんだから

そんな自分なのだからしょうがない、と。


そういわれて、

「つまらないものに執着している」
と、思われたくない自分

「そんな(どうしようもない)自分」
で、あることを認めたくない自分

「自分は間違っていない」
「私は正しい」
「わたしは人間ができている(笑)」
ことを証明したくて

強がったり、わかったふりをしたりしている自分に気づき・・・(笑)

そのおかげで、すっきりと、

「あーもう、このどうしようもない自分で行くとこまで行こう!」

一歩、踏み出すことができました。



*   *   *   *   *

どんな自分でも
そういう自分は、そ
ういう自分。


そういう自分を責めたり
そういう自分をかくしたり
そういう自分を否定したりせず


そういう自分のまま
そういう自分をやりきって
そういう自分を卒業すれば


そういう自分へのコンプレックスや
そういう自分を知られる恐怖や
そういう自分が創り出す悩みは


ぜんぶ、なくなっていきます。


なくなる、というか
それに、振り回されない自分になります。



そして



そういう自分が、自分を輝かせる個性になり
そういう自分を、自分で自由に楽しめるようになり
そういう自分のままで、人の役に立てるようになる。


とったり、つけたり、魂とりかえたりしなくても

そのまんまの自分で、そうなるんですね。



悩みや問題って、世界で一つ、
自分だけのオリジナルテーマです。

誰一人として、
同じテーマを持っている人はいません。

だから

ばかばかしい とか
なんでそんなことで とか
くだらない とか

人が何と言おうとも

自分にとってそれが大事なことだったら
ちゃんと、ちゃんと、向き合った方がいいですよね。



「たてまえ」は
自分を律する道しるべになることもあるけれど


それが「見栄」に傾いていくと
自分の羅針盤を狂わせることにもなる。


大人ぶったり
知ったかぶったり
物わかりのいいふりしたりするの、

やめて、


ちゃんとやりきって、

次のステージに行こう。



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