人から認められるために何かするとか、
ほんとやめた方がいいよね。
認められたい!って
自己否定が強いすぎると
そう思うんだよね。
認められたくて行動しても、
その根底にある「自分を認めてない」
現実が生み出されてしまう。
っていう話し。
あー、地獄w
やめよ、やめよ!
「あの人から特別な人と思われたい」
と過度に思う時、往々にして私達は
自分の素晴らしさに気づいていない、
肯定していない、受け取っていない。
自分を無力とか、才能がないと
思い込んで、真実だと思っている。
信じてしまっている。
あの人とは親だったり、
有名な人だったり、
才能溢れる人だったり、
好きな人だったり。
私達は他人から何だかわからない基準で
点数を付けられることに
慣れすぎている。
学校教育の弊害だと思う。
自分は無力だと見なしてしまうと、
自分との分離が起きてしまう。
本当の素晴らしい私=魂と、
こういうものが素晴らしいと
思い込んでいる私=人格(エゴ)の私。
分離が起きているから、
ますますそう感じてしまう。
「他の確かな誰かに認められたい」
そこにある本当の思いは、
「大いなる素晴らしいものから認められたい」
なのだけど、
この大いなる素晴らしいものって
「大いなるもの=私の魂」で、
「私自身の深いところから認められたい」
なんだよね。本当は。
私達は私自身が大いなる
素晴らしい存在だと忘れている。
自分の内側にないと思って、
外側=他人や世間から得ようとする。
外側から認められようと、
必死になればなるほど苦しい。
何故なら内側に「ない」と思っているから
本当には外側にもあると思えない。
仮に承認が来たとしても、
自分が認めてないと、一時的なものだったり
本当に愛として受け取りきることはない。
受け取り切れないから、
永遠に求め続ける。
あそこまで行ったら、あそこまで行ったら。
永遠に満たされることがなく、
追い求めてしまう。
他人からの承認や称賛は、
自分で思ってないから信じれない。
だからまずは自分が自分を認めてあげよう。
自分が認めたって他人が認めてくれなければ、
意味がないと思ってしまうかもしれない。
何故なら私達はいかに他人にどう思われるか
それを気にすることを教育されすぎている。
だけど、自分が認めるともっと受け取れるし、
私達はフォーカスしたものを
現実にする力を持っているので、
もっと素晴らしい私に気づけるし、
外側にそう扱ってくれる人を
生み出すことになる。
自分は良くないとか
素敵じゃないと
思ってる暇があったら、
自分は素敵、いいね、
って思ってあげよう。
気づいてあげよう♡
自分で認めてあげたら、
自然とあなたの素晴らしさを
認めてくれる人や
気づかせてくれる現実が
生み出されていくから♡
承認欲求ってなくならないけど、
まずは自分で自分を認めて安心しよう♪



紫月天弓美ヒーリングオフィス