久々に、
シリーズでブログを書きました📝
こんな私の妄想日記も読んでくださる方がいて、
本当に有り難いなぁとつくづく思いました🙇♀️
誠にありがとうございます😊
さて、
この熊野巡礼旅のブログの最後、、
実際の旅と同じく、
素晴らしい景色と、
土地に刻まれた歴史のカケラを投稿して、
終わりたいと思います🙏
熊野水軍を知ったのは、
実は、
那智勝浦の旅館に並んでいた、
焼酎のボトルのラベルです‼️
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あら、カッコいいネーミング、、
ぐらいの軽い気持ちで、一杯ww
おいしゅうございました🙏
ははは
さて、
「熊野水軍」でお清め?した後に、
3日目
熊野那智大社を後にし、
少し早めに南紀白浜の空港✈️へ
ドライブがてら向かうことにしました。
楽しみでしたのは、
紀伊半島の海岸線に沿って、
美しい景色を見ながらドライブすること🚙
実は運転が好きなのです![]()
(これまで一応、無事故○違反💦)
運転しているので、
お写真は撮れませんでしたが、
本当に素晴らしい自然の景色の中で、
感動しっぱなしでした!
波の侵食で、
崖や、奇岩がたくさんありました。
本州の最南端も通りました。
娘は、
疲れてウトウト💤
3日間
よく私と歩いてくれました。
3日で3万5千歩ほど🚶
2人旅もいいもんだね。
到着した日は、
田辺から中辺路を通って、
熊野本宮大社、玉置神社に向かい、
帰路は、
大辺路を通って空港✈️へ。
さて、
空港✈️につくには、
あまりに早い時間だったので、
もう少し立ち寄ることにし、
車🚙をとめて南紀白浜付近を調べましたら、
こちらが出てきました。
三段壁洞窟🌊
60mの絶壁にある洞窟
源平合戦で、源氏に加勢した熊野水軍。
強靭な水軍で、
かなりの勢力だったようです。
いやぁ、
素晴らしい眺めです!
さて、地下へ行ってみましょう。
うぉー
すごいー!
すごい形の岩🪨だらけ
こんなところに船を隠せたの⁉️![]()
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いやぁ、
壮大
地下の洞窟に、
弁財天様がいらっしゃいました。
江ノ島を思い出しました。
手水が、
温泉♨️でした!
蒸し暑いわけです!
💦
🙏
中の様子
熊野水軍を率いていた熊野別当は、
弁慶の父だったのたそうです。
源平合戦の命運を分けたともいわれる「鶏合神事」。源平合戦の頃、当時最強と言われた熊野水軍を率いていた熊野別当・湛増(弁慶の父とされる)は、源氏と平家の両者から援軍を求められました。どちらに味方するか決めかねた湛増は、新熊野権現社(現在の闘鶏神社)の神前で7羽ずつの鶏を戦わせて神意を確かめることに。すると源氏側の鶏がことごとく勝利したため、源氏に加勢することを決め、熊野水軍200隻を出陣させました。このとき、源氏側の遣いとして訪れたのが湛増の子である弁慶だったと言われています。
なまなましい、
水軍の拠点
本当に、
こんな荒々しい波の中で、
船が隠せたの⁉️
火山🌋
このエネルギーはすさまじい、、
波だけではなく、
地底から来るエネルギーによるものですね。
私の携帯は、
何もいじってません。
照明のせいでもないと思います。
この不思議な色合い。
ここは、
地底、海底からのエネルギーが溢れる場所でした。
田辺は、
弁慶が生まれた地として、
伝承されているそうです。
壇ノ浦の戦いで、
大きく源氏の勝利に貢献した熊野水軍
源義経公の思いとともに、
この洞窟へ導かれたような、
そんな気がしました。
誠にありがとうございました。
さて、
地上にもどり
一休み
3日間楽しかったね
素晴らしい景色とともに、
この旅も終わりです。
南紀白浜から羽田まで飛行機で約一時間。
あっという間に、
現実社会へ戻りました🙏
帰宅後は、
いつもの通り、
塩と酒を入れた風呂で親子共々祓いきよめ、
疲れを残さず、寝ましたとさ。
長きに渡り、
熊野詣のブログを
お読みいただいて、
ありがとうございます😊
次は、
出雲か、
ヤマトかな、、
誠にありがとうございます。
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