皆さま、こんにちは!
嬉しいことがありまして…
8月半ばから咳が止まらず病院に行くと、
4年前に手術をした癌の転移を疑われたのです。
それからはもう、ヒヤヒヤな毎日でしたよ。
今月以降は仕事の繁忙期なのに
入院になったらどうしようと悩んでました。
そして昨日ですけど
検査の結果、癌は完治に向かっていること。
咳の原因はアレルギーであることを
担当の先生がお話くださいました。
嬉しくてマジで泣きそうになりましたよ。
アレルギーはホルムアルデヒドが原因とのこと。
タバコや電子タバコ、
ハウスダストの可能性が大だそうです。
自分は非喫煙者ですけど、
受動喫煙が起因してたようで。
職場環境に身に覚えがありすぎるので
しばらくマスクは外せません。
話は変わりまして
今日は7年前に訪れた羽越本線から
岩船町(いわふねまち)駅の訪問記です。
大正3年に羽越線(当時は村上線)の開通とともに
開業した岩船町駅。
旧・岩船町(昭和29年に村上市と合併して消滅)の
玄関口として開業したことが
駅名の由来だそうですよ。
こちらは駅前風景なり。
この景色だけだと気づきにくいですけど
1キロ先には日本海の海岸線があり、
そこに離島の粟島に向かうフェリーや高速船が発着する
岩船港がありました。
かつてここは物流の拠点で
貨物の取り扱いもありましたが
昭和47年に廃止されたそうです。
駅前に巨大な倉庫がありましたので、
昔はここに貨物の引込線があったのかな?
などと推測してましたけど、
倉庫はいずれも貨物輸送が廃止されてから
建てられたモノみたいですね。
倉庫のそばには
平成26年に立てられた
岩船町駅開業100周年を祝う石碑がありましたよ。
岩船町駅の駅舎は昭和55年に竣工したモノで
トイレを備えたカプセル駅舎でした。
竣工年が記された建物財産標です。
カプセル駅舎は無人駅を対象に
有人駅時代の木造駅舎を建て替える際、
清掃しやすいこと、イメージを向上させることを目的に
誕生した駅舎です。
事実、岩船町駅の駅舎も
昭和47年に無人化された8年後に建て替えられました。
建て替え当時は当然ながら無人駅のはずですけど
なぜか出札窓口や荷物の受け渡し窓口があった
形跡がありまして…
ひょっとすると、駅舎の建て替え当時に
将来は駅員配置駅に戻す計画でもあったのでしょうか?
待合所はこんな感じでしたよ。
続いてはホームにイン。
駅舎とホームは跨線橋で結ばれてました。
跨線橋を渡ってホームに入ります。
岩船町駅は列車の行き違いが可能な
島式ホーム1面2線構造でした。
岩船町駅を含む羽越本線の平林駅‐村上駅間は
単線区間であるため、
国鉄時代は構内で貨物列車の退避が頻繁に発生していた模様。
そのための線路が今も残されてました。
通過中の特急列車の奥に見えるのがその線路です。
こちらの線路は駅舎寄りにある側線でした。
貨物の取り扱いがあった時代に
貨物ホームに繋がっていた線路だと思いますが…
保線車両の留置線として
今も使われているのでしょうかね?
さてさて、先にカプセル駅舎のことを書きましたけど、
岩船町駅は開業当時からしばしば
付近の河川の氾濫による水害に見舞われていたそうです。
ネットの情報で知りましたけど
昭和42年8月に発生した水害では構内全体の浸水…
中でも駅舎は軒下付近まで水が上がる
浸水被害を被ったんですって。
頑丈なカプセル駅舎に代わったのは
それが理由ではないでしょうか?
それと島式ホームを見ると
かなりの高さで嵩上げされたことがわかります。
この嵩上げ、普通列車に電車が導入されることから
施工されたと思いましたが、
通過中の特急列車を見ると、
嵩上げされてもなお
電車の出入口の高さには足りていない様子が伺えます。
そんなことで
ホームの断面に嵩上げの形跡が見られるのは
浸水対策のために構内全体が底上げされたことが理由。
開業当時の岩船町駅とは違い、
今の岩船町は頑丈なカプセル駅舎と
構内の底上げにより
水害に強い駅に生まれ変わってたワケです。
岩船町駅、第一印象は堅物な感じですけど
改めて見直すと見どころが多い駅でしたよ。
↑(新津駅方面)
新発田駅
中条駅
岩船町駅(平成29年4月27日)
村上駅
越後寒川駅
勝木駅
鼠ヶ関駅
小岩川駅
あつみ温泉駅
五十川駅
三瀬駅
羽前水沢駅
鶴岡駅
藤島駅
西袋駅
余目駅
(↓秋田駅方面)
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