皆さま、こんにちは!
今日は7年前に訪れた予讃線から
伊予大洲(いよおおず)駅の訪問記です。
伊予大洲駅は予讃線の旧本線(愛ある伊予灘線)と
内子線経由の新線の分岐点。
ここを始点、終点とする列車が多く設定されているので
訪れたことがある方も多いのではないでしょうかね?
伊予大洲駅は予讃線の前身である愛媛鉄道の終点として
大正7年に開業。
当時の駅名は「大洲駅」で、
昭和8年に国有化された際に「伊予大洲駅」に改称されました。
今ある駅舎は直後の昭和10年に造られたモノですけど
この時、伊予大洲駅は駅舎以外にも大変化が起きてまして…
その件は後で触れさせていただきます。
それでは構内の様子を見てみましょう。
伊予大洲駅は城下町である大洲市(開業当時は大洲町)の
玄関口として開業しました。
駅舎はどことなくお城っぽいですけど
大洲城を模した感じかな?
出札窓口の上に昭和10年当時の大洲市の地図が掲げられてたの、
今になって気づきました。
ここに気になるアレが描かれてたかも?(その正体はのちに明かします)
待合室内はこんな感じでしたよ。
観光案内所の小ささに驚きましたが、
現在は駅前に大きめの観光案内所を新設。
レンタサイクルもここで借りることが出来るそうです。
改札口を抜けてホームに入ります。
伊予大洲駅は列車の退避が可能な
相対式&島式ホームによる複合2面3線構造でした。
2本のホームは跨線橋で結ばれてますよ。
島式ホームの中央に鎮座しているコレって、
蒸気機関車の時代に使われていた
煤を払うための洗面所ですよね?
気動車王国の四国で見たのは初めてのような気がします。
駅舎に面した上屋も趣がありますね~
いつの時間も気動車のアイドリング音が構内中に響き渡り、
賑やかな印象の伊予大洲駅でした。
さてさて、冒頭にて
国有化された直後の昭和10年に
現在の駅舎が造られたことを書きました。
実はこの時、伊予大洲駅はもっと大きな変化が起きてまして…
愛媛鉄道時代の名残りから762ミリゲージだった線路が
国鉄線に合わせた1067ミリに改軌。
東にあった駅位置が現在地に改められたのです。
今ある駅舎の竣工年が昭和10年なのには
そんな理由があったのですね。
旧駅の位置が知りたくて、
国土地理院のサイトに掲載中の昭和23年撮影の航空写真を見ると
怪しげな白いライン(赤い矢印の先)を発見。
これが愛媛鉄道の廃線跡らしいですよ。
上の画像をズームアップ。
現在の予讃線(赤線)と愛媛鉄道時代の線路(緑線)の
位置関係はこんな感じでした。
線形は愛媛鉄道時代の方が良さそうですが、
伊予大洲駅から西の区間を開通させるためには
大洲市の市街地を跨がなければならず、
新線は肱川側を迂回するルートになった模様。
駅があった場所は廃線後、
バス会社の車庫に変わったようです。
大洲駅が現在地に移転してから約90年が経過。
さすがに愛媛鉄道時代の痕跡は残っないだろうと思いながら
ヤフー地図を眺めると…あるじゃないですか!
赤い矢印の先に注目くだされ。
新旧線の分岐点から直線に伸びてた区間は
国道56号線バイパスに変わりましたが、
緩いカーブに変わった区間から駅跡地までは
廃線跡を辿れるみたいですね。
それともうひとつ。
昭和22年撮影の航空写真を見ると
現在の伊予大洲駅から肱川に伸びる砂利線?らしき線路が
写ってました。
砂利線は現在、姿カタチは消えてしまいましたが、
当時使われていたと思われる荷役ホームが
一部だけですけど残ってましたよ。
(保線車両の右側に見える構造物です)
愛媛鉄道時代の大洲駅跡や廃線跡は
伊予大洲駅から徒歩3分の場所にあります。
これは見ない手はないでしょうよ。
それでは自分は廃線跡を見たかって?
すみません。
伊予大洲駅に移転歴があったことを知ったのは最近で
この日は廃線跡を見ずに帰ってしまいました。
来年こそは伊予大洲駅を再訪するぞ!
年内に再訪しないの?というツッコミはなしでお願いします。
↑(松山駅方面)
北伊予駅(平成28年10月12日) ・構内改良後(令和3年4月10日)
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伊予大洲駅(平成28年10月14日)
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