皆さま、おはようございます!
昨日の出来事ですが、2024年度までに
紙幣のデザインが一新されることが発表されましたね。
これにより、お札の顔が実業家の渋沢栄一さん(1万円)、
教育者の津田梅子さん(5千円)、
医学博士の北里柴三郎(千円)に変わります。
新1万円札に東京駅丸の内駅舎が描かれていることが
鉄道趣味界隈でも大きく話題になりましたけど、
顔ぶれを見た瞬間から気になってた鉄道路線がありまして…
平成24年に廃止された十和田観光電鉄線でした!
その理由がさっぱりわからない?
ちゃんと説明しますのでちょいお待ちを。
十和田観光電鉄線は青い森鉄道・三沢駅と十和田市駅を結ぶ、
大正11年に開通した全長15キロ弱の路線です。
昭和時代は十和田湖観光のアクセスとして賑わいましたが、
沿道整備&マイカー普及から次第に乗客の足が遠のき、
平成24年の春に惜しくも廃止されてしまいました。
7年前の話ですので記憶に残る方も多いのではないでしょうかね?
最近では、廃止後も残されていた三沢駅の駅舎が
解体作業に入ったことでも話題になりましたっけ。
十和田観光電鉄線には11の駅が存在してましたが、なんと!
新紙幣の顔でもある北里柴三郎さんが学祖を務めた、
北里大学十和田キャンパス最寄り駅の北里大学前駅と…
そしてそして、
駅の裏側に稲生川が流れるひがし野団地駅が存在してたのです。
ちなみに稲川は1859年(安政6年)に開水された人工河川で、
河川の整備で土地が潤ったことから、ここに広大な酪農場を開場。
その農場を作ったのが渋沢栄一さんで、
ひがし野団地駅が昭和7年に開業してしばらくは
渋沢農場前駅を名乗っていたのですよ。
津田梅子さんの関りは残念ながら見つけられませんでしたが、
渋沢栄一さんと北里柴三郎さんの二氏の名を冠す駅があったとか、
まるで十和田観光電鉄線が
紙幣の将来を予言してたように感じてましたよ。
単なる偶然としても、なんか出来過ぎていると思いません?
なお、北里柴三郎さんの出身地である熊本県阿蘇郡小国町には、
昭和59年まで国鉄宮原線の北里駅が存在。
こちらが正真正銘の北里博士の所縁の地でした。
北里駅跡については過去のブログで訪問記をUPしてますので
ぜひ上のリンク(駅名のとこ)をクリックくださいませ。
十和田観光電鉄線がもし廃止されていなかったら、
新紙幣の誕生で同線がちょっとしたブームになってたのでは?
それにしても、たった11しか駅がない路線なのに、
新紙幣の肖像画になった二氏の名を冠した駅があるなんて
スゴイと思いません?
現在はバス路線に転換されてしまいましたが、
新紙幣登場記念イベントは
今からでも遅くないと思うのは自分だけかな?
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