皆さま、こんにちは!
2年半前のことですが、こんな駅に行ってきましたよ。
銀河鉄道の始発駅です!
「何を気取ったこと言ってんの?」かって?
いえいえ、だった看板に、そのように書いてあるんですもん。
釜石線の前身である岩手軽便鉄道が
宮沢賢治の作品「銀河鉄道の夜」のモデルになったことは有名な話。
大正2年に岩手軽便鉄道が開通した当時、
最初の終着地(始発駅)が、こちらの土沢(つちざわ)駅だったそうで。
だから土沢駅は、銀河鉄道の始発駅なのでした。
そうなると気になるのは、この木造駅舎が
宮沢賢治が利用したことがある駅舎かどうかということですけど…
宮沢賢治が「銀河鉄道の夜」の執筆を始めたのは大正13年辺りで、
執筆は、賢治の晩年にも近い大正5まで続けられました。
こちらは国土地理院のサイトで確認できる
土沢駅ではもっとも古い航空写真である昭和23年に撮影されたモノですが…
現在使用されてる駅舎が写真に写っていて狂喜乱舞したのですけど、
岩手軽便鉄道って、国有化後の昭和18年に
それまでの762ミリから1,067ミリ軌間に改軌されてるのですよね。
となると、その時点で駅舎が建て替えされた可能性が高いわけで…
軽便鉄道時代のままの駅舎であることが証明できれば
よりロマンチックな話なのでしょうけど、
どこかに軽便鉄道時代の土沢駅の写真、ありませんかね?
土沢駅は木造駅舎以外にも、面白いものがたくさんありました。
まずはこちら、「土沢駅発祥の地」の碑です。
ここって土沢駅なのだから当たり前だろ?っていうツッコミはなしで。
給水塔?軽便時代のモノ?
蒸気機関車が活躍した頃に使用されてたモノ?
駅の東側にはでっかな塔(?)が建ってましたよ。
土沢駅のホームを背景に記念写真をパシャリと。
お次は駅舎に入ります。
土沢駅は業務委託駅で
JR移行後もしばらくは出札業務を行っていたようですけど、
平成26年9月末、ついに窓口業務が終了してしまったそうです。
自分が土沢駅に訪れたのは平成26年11月末のことでしたけど、
訪れるのが一歩遅かった…
ホームに出た時に、駅員さんらしき方の姿が見えたので
まだまだ大丈夫かと思いましたが車掌さんだったみたいですね。
列車が去ってしまった後は、
完全に静まり返ってしまった土沢駅でした。
これも時代の流れなのはわかりますけど、
やはり駅には駅員さんがいて欲しいです。
釜石線、国鉄時代はほとんどがの有人駅だったのに、
遠野駅と小佐野駅のわずか2駅だけになってしまいましたよ。
ただし、新幹線駅にしか駅員さんがいない新花巻駅を除く。
土沢駅は相対式ホーム2面2線構造です。
上の航空写真でもわかる通り、ここ65年近く変わっていない光景ですね。
ホームは軽便鉄道時代のものを改装したモノでした。
ホームから快速「はまゆり」を見送ります。
後ろには例の給水塔が立ってますね。
ん?給水塔に看板が掲げられてる?
看板が気になり、また給水塔まで来ちゃいましたよ。
生醤油・つゆの佐々木醸造(さん)…
蒸気機関車のための給水塔じゃなかったんだ。
悔しかったので、
給水塔、もとい出汁タンクの辺りから土沢駅を眺めましたよ。
土沢駅の、この長閑な風景が好きなんだよなぁ。
ホームにあった番線案内を見る。
東京駅の表記に驚きましたが、
出来れば「銀河鉄道の夜」の終着駅である南十字星(サザンクロス)も
加えてほしいですね。
あっ、終着駅はここ土沢駅でしたっけ。
土沢駅の駅前周辺、実は新幹線駅の新花巻駅よりも賑やかだったり。
さすがは銀河鉄道の終着駅だわ。
さてさて、先にも書きましたけど、
土沢駅の駅舎がいつ建てられたか?という疑問が残ってました。
それと、入口の上屋に描かれた妙なデザイン(ライン)も。
アレって何を意味しているのでしょうね?
↑(花巻駅方面)
土沢駅(平成26年11月30日)
宮守駅(平成26年11月30日) ・新駅舎(平成29年3月14日)
↓(釜石駅方面)
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