皆さま、おばんです!
 
ちょい前にブログで豊肥本線・赤水駅の訪問記を挙げました。
豊肥本線・赤水駅
 
熊本地震の震源地に近い駅で、倒壊の恐れがあることから
昨年末に駅舎が解体されてしまったのですが、
同じ理由で駅舎が解体された駅がありましたの。
赤水駅の2つ隣にあるこちらの駅でした。
豊肥本線・内牧駅
豊肥本線・内牧(うちのまき)駅です!
赤水駅と同じく大正7年に開業した駅でした。
自分が訪れたのは一昨年の7月でしたが、
まさか9ケ月後に、あのような巨大な地震が起ころうとは…
 
自分が内牧駅に着いて受けた印象は、とってもまったりした雰囲気の駅。
豊肥本線・内牧駅
豊肥本線・内牧駅
内牧駅は簡易委託駅で、駅の構内では
駅員さんと思われるおばちゃんが、お花のお世話をされてたのですよ。
 
念のために、おばちゃまに声を掛けさせていただき、
駅舎の写真を撮らせていただきました。
豊肥本線・内牧駅
 
まず内牧駅の駅舎を見て驚いたのが、
2階建てほどの高さがありそうな屋根の高さです。
見てくださいよ、すっごく高いんですから!
豊肥本線・内牧駅
豊肥本線・内牧駅
上部にも広めの窓が並んでいて採光もバッチリ!
とにかく明るい印象の駅舎でした。
 
駅舎の建立年を知りたくてWikiをチェックしてみたところ…
ふむふむ、内牧駅は昭和20年の空襲によって本屋(駅舎)が全焼し、
現在の駅舎はその後に再建されたモノとのこと。
そういえば、熊本は空襲の被害規模が大きく
市街地のほとんどが焼失したんでしたっけ。
 
その当時の内牧駅の様子が少しでもわかればと思い、
古い航空写真をチェックしたのですが…ありましたよ!
下は国土地理院のサイトから転載した、昭和23年に撮影された写真でした。
豊肥本線・内牧駅
赤で記したのが現駅舎がある場所。
緑の矢印の先に写るのは、
焼失した駅舎の代わりに建てられた仮設の駅舎と思われます。
現駅舎は昭和25年に再建されたみたいですね。
 
それよりもちょっとちょっと!
写真に謎の構造物が写っているのですけど!
内牧駅の南側に写る黒くて長い建物、これってひょっとして、
ホッパ設備とそこに鉱物を流し込むベルトコンベアじゃないです?
豊肥本線・内牧駅
写真には写ってませんが、
黒い建物の先(写真の右側)から線路が延びていて、
その先で豊肥本線と合流してました。
おそらくは何かしらの工場から延びていた貨物専用線だと思いますが…
手元に内牧駅から延びていた専用線の資料はなく、
この建物も、昭和28年に撮影された写真からは姿を消してましたの。
阿蘇鉱山からは距離があり過ぎますし、
この建物の正体がとても気になってました。
まさかこの建物が空襲の標的だったりしませんよね?
熊本大空襲では鉄道施設が標的になっていたようですが。
 
結局この謎は、わからないまま終了。
70年前の内牧駅の構内にあったモノとは一体…?
豊肥本線・内牧駅
 
お次はホームをチェック。
豊肥本線・内牧駅
 
おばちゃまが入念にお手入れされてたお花を眺めながらホームに入りました。
豊肥本線・内牧駅
 
内牧駅は列車の行き違いが可能な島式ホーム1面2線構造です。
豊肥本線・内牧駅
豊肥本線・内牧駅
航空写真からもわかる通り、
国鉄時代からこの造りは大きくは変わっていないようですね。
 
駅名標は、今はなき「SLあそBOY」仕様。
「雄大な阿蘇五岳を一望する駅」は国鉄時代の
「わたしの旅駅スタンプ」のスタンプに彫られていた文面でした。
豊肥本線・内牧駅
 
最後は駅舎を目に焼き付けて、内牧駅ウォッチを終了しました。
豊肥本線・内牧駅
豊肥本線・内牧駅
豊肥本線・内牧駅
 
豊肥本線の全線復旧にはまだ時間がかかりそうですけど、
次はどんな姿の内牧駅になるのでしょうかね。
おばちゃまたちの元気な姿も戻ってくるといいな。
 
 

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