皆さま、こんにちは!
栃木県の県北、那須町にある東北本線・高久駅。
一見する限りは、どこにでもありそうな無人駅ですが、
歴史を知れば知るほど面白い駅でしたの。
そんな高久駅に今年の4月に訪れましたよ。
まずは高久駅の歴史をざっくり見ますが…
大正3年に開設した高久信号場が起源で、
昭和39年に駅に昇格して現在に至っているようです。
鉄筋造りの駅舎は、駅に昇格した昭和39年に建てられたモノのようですね。
開設時から昭和60年までは駅員配置駅だったそうです。
広い待合室は有人駅時代のままなのでしょうけど、
あったはずの出札窓口は改装で、すべて取り払われたみたいで…
乗車客数は40人弱/日で、
栃木県下の東北本線では利用者数がもっとも少ない駅だそうです。
秘境駅として知られている豊原駅よりも少ないのにはビックリですわ。
高久駅は相対式ホーム2面2線構造。
互いのホームは跨線橋により結ばれておりました。
さてさて、冒頭に書いた高久駅の歴史のことです。
大正3年に開業した高久信号場が起源であることは先にも書きましたけど、
東北本線の黒磯駅‐白河駅間は急カーブ・急勾配の緩和を目的に、
大正9年に新線に移転されました。
高久信号場もそれに併せて新線上に移転したのですが、
問題は移転された場所でして…
国土地理院のサイトより転載。
なんと、東北本線の新線は旧線をクロスするように敷かれ、
2線がちょうど交差する地点に2代目の高久信号場が設けられましたの。
上の写真は新線移転から28年後に撮られた昭和23年に撮影された写真ですが、
写真の中央上に見える敷地が広がってる辺りが
旧線時代の高久信号場だったようですね。
上の写真を拡大すると、
新旧線を結ぶ簡易軌道の廃線跡っぽいモノと引き込み線が見えました。
もしこれが本当に軌道の廃線跡だったとしたら、この線形、
今でも駅前にある精米機後方の柵の位置にカタチが残っているのですが。
いぜれにせよ、旧線時代の高久信号場は
新線建設に大きく貢献していたのではないでしょうかね?
あ~、また高久駅に行きたくなってきた!
なお、東北本線の旧線は道路に転用され、
現在も高久駅のホームから、その様子を見ることが出来ます。
旧線は現在の東北本線と交差して、
上り線ホームの待合室辺りを抜けていたはずですけど…
写真を撮り忘れてました、くやし~!
高久駅には国鉄表記の駅名標が残ってました。
大宮支社が管轄する東北本線の駅の中で、
Suica未対応の駅(高久駅‐豊原駅間)は識別のために
駅名標が国鉄表記のままで残されていると思ってましたけど…
違いましたっけ?
現在は701系やE721系電車が行き交う高久駅。
平成29年度中には、現在は黒磯駅構内にある交直流切替施設が廃止されて
黒磯駅‐高久駅間にデッドセクションが設けられるために、
この姿もいずれ見れなくなるはずです。
高久駅‐黒田原駅の旧線跡の様子もちょっぴりだけ見てみましたので、
下のリンクをクリッククリック!
大正9年まで存在した東北本線旧線時代の黒田原駅跡に行ってみた。
☆追 記☆(平成28年12月31日)
電車の車内から、高久駅上り線ホームから見える
東北本線・旧線の廃線跡を覗いてみました。
ピンボケですみませぬ。
黒磯駅
高久駅(平成28年4月26日)
黒田原駅
白河駅
久田野駅
泉崎駅
鏡石駅
須賀川駅
郡山駅
本宮駅
二本松駅
安達駅
松川駅(平成26年8月6日)・新駅舎(平成28年4月26日) 前編・後編
金谷川駅
福島駅
















