皆さま、おばんです!
紀州鉄道の終点・西御坊駅からは、
2本の廃線跡が延びていることを以前のブログ記事 で書きました。

1本は昭和59年に廃止された大和紡績専用線ですが、
今回は残りの1本、平成元年に廃止された
かつての終着駅である日高川駅まで延びていた区間の
廃線跡のことを書いちゃいますぞ。
まずは日高川駅ですが、
海上輸送で栄えた日高川からの物資を荷役する鉄道駅として、
昭和50年に撮影された航空写真より。
かつてはチップ輸送で栄えた時代もあったようですけど、
昭和59年に紀州鉄道線内の貨物輸送が廃止、
平成元年に最後まで残されていた旅客列車が廃止されたことにより、
日高川駅は廃止に追い込まれてしまいました。
ちなみに廃止直前の旅客列車の運行本数は1日わずか2往復のみ。
なんとも寂しい最期だったようですね。
で、廃止から既に25年が経過したわけですけど、
驚くことに大部分の箇所で線路が残されているのですよ。
まずはこちら、紀州鉄道線の現在の終着である西御坊駅からです。

西御坊駅の東側に回ると、その先も線路が延びておりますが、
これが日高川駅まで延びていた区間の廃線跡なのでした。
それでは、残された線路を辿って日高川駅に向かいましょう!
踏切があった箇所以外は、ほぼ、線路が残されておりました。
廃線跡は一応、紀州鉄道の管路用地になっているようですけど、
生活道路や駐車場代わりになっているところも多いようで。
許可なしで使っているわけではないと思いますけど…
CAUTION表示の警報機って、相当昔のタイプのものだと思うのですが…
設置年を示すものは確認出来ませんでした。
ちょっぴり悔しいです。
こういうの、めっちゃ苦手です。
こんな顔で「いらっしゃいませ」って言われてもなぁ。
途中、昭和16年に廃止された日出紡績前駅跡 を通過して、
さらに奥へと進みますよ。

西御坊駅から歩いて約10分、見えてきましたぜ、今回の目的地が。

手前に分岐器が見えて、その奥にガーター橋があって…
そうです!
ここが平成元年に廃止された日高川駅跡なのでした!

線路はもちろんですけど、現役当時のままの、
2本の相対式ホームまでも残っていたのには
度胆を抜かされちゃいました。
だってここ、廃止になってから25年も経っている場所なのですよ。

廃止されたホームの上に民家が建ってるのに驚きましたけど、
この民家、日高川駅が廃止される以前から
ホームの上にあったようです。
紀州鉄道の社員さんとか、関係者さんのお家なのかしら?
こちらは日高川駅手前にあるガーター橋です。
ここ日高川駅は、
かつては機関庫まで抱えていた駅だったようですけど、
昭和20年6月の御坊空襲で施設は全焼。
それらの施設は紀伊御坊駅 に移されたことは周知のとおりです。
じっくりと探せば、戦中の遺構も見つかるのかもしれませんね。
次回は、時間に余裕をもって来ようっと。
そうそう、大切なことなので何度も言いますけど、
西御坊駅からここまで700メートルしか離れておりません。
ホントに歩いて10分で来れちゃいます。
線路が残っているので迷うことはないし、
誰でも簡単に廃線跡巡りが楽しめちゃいますのよ。
そんなことで、この夏の旅には絶対におススメのスポットでした。









