2019年に山口県立美術館での開催を皮切りに、
東京富士美術館の珠玉の西洋絵画コレクションを紹介する展覧会が、
6年にわたって、茨城や沖縄など国内13会場を巡回してきました。
そして現在、その“ヨーロッパ絵画 美の400年”が、
14会場目として、東京富士美術館で開催されています。
あまりに久しぶりの再会すぎて、
“あれ?しばらく会わないうちに大きくなった?”と、
まるで親戚のおじさんのような感想を抱いてしまいました(笑)
反対に、ジュール・ジェーム・ルージュロンの《鏡の前の装い》に関しては・・・・・
しばらく会わないうちに、小さくなったように感じました。物理的に。
隣に並べられたブーグローの《漁師の娘》と比べると、その大きさは歴然。
《漁師の娘》が手にした網で捕まえそうな感じさえあります。
こんなにも小さな絵でしたっけ??
そういえば、この作品は一昔前まで、
富士美の看板広告に採用されていましたっけ。
そのせいで、大画面だったように記憶がすり替わっていたのかも。
また、久しぶりに本作を鑑賞したところ、
女性の表情や、ドレスや絨毯の再現など、
細部まで丹念に描き込まれていることが実感できました。
その描き込みの緻密さも、作品が大きく感じられた要因でしょう。
さてさて、本展は2部制。
第1章は、絵画の「ジャンル」と「ランク付け」と題し、
肖像画や風景画など、コレクションごとに紹介しています。
今でこそ、絵画のジャンルに優劣は無い気がしますが、
2番目が肖像画で以下、風俗画、風景画、静物画と続きます。
第1章ではそんな当時のヒエラルキー順に作品が紹介されていました。
改めてその視点で観てみると、
確かに歴史画がもっとも重厚な印象で、次いで重厚なのが肖像画、
ヒエラルキー最下層に当たる静物画に重厚さはそこまで感じられません。
画家が絵に込めた気迫と言いましょうか、
そういったものも、やはりヒエラルキーと比例していた気がします。
本展の後半にあたる第2章は、激動の近現代-「決まり事」のない世界。
19世紀フランスを中心に、民主化が進むと、
美術界にもその波が押し寄せ、絵画のジャンルのヒエラルキーは崩れ去ります。
画家それぞれが美しいと思ったもの、
描きたいと感じたものを描く、“個”の時代に突入するのです。
当たり前と言えば、当たり前なのですが、
当たり前のことこそ、意外と気が付かないもの。
本展を通して、美術の400年の歴史を辿ることで、
それがいかにエポックメーキングなことだったのかに気づかされました。


ちなみに。
本展のキャッチコピーの一つが、「推しの絵を探しに」。
それにちなんで、富士美のSNSでは、
『あなたの #推し絵 はどれ?』が実施されています。
美術界の重鎮・岡部昌幸さんや三浦篤さんの推し絵も。
それらは会場でも紹介されていました。
そのお2人と混じるのは大変恐縮ですが、
僕の推し絵へのコメントも会場で紹介されています。
よかったらご笑覧くださいませ。
アートテラーとに〜さんに
— 東京富士美術館 (@tokyofujibi) November 3, 2025
推しの絵を伺いました!
カナレット《ヴェネツィア、サンマルコ広場》
とに〜さんのコメント:
「初めてヴェネツィアを訪れた際の率直な感想は、
“わー、カナレットの絵みたい!”でした。
本物のヴェネツィアの景色が目の前にあるというのに。
ぜんぶカナレットのせいだ。」 pic.twitter.com/jQ9f0aBGBq
なお、そんな常設展に“美の400年展”とは別に、
凱旋したばかりの作品がさらっとしれっと展示されています。
それがこちらのギヨーム・ギヨン・ルティエールによる、
《パリの人々にルイ・フィリップを紹介するラ・ファイエット》。
日本でこそ知名度はほぼ無いギヨーム・ギヨン・ルティエールですが、
実は昨年、ルーヴル美術館にて、大々的な回顧展が開催されたそう。
今もっとも注目を集める画家の一人と言っても過言ではありません。
そのルティエールの回顧展に日本から唯一、
貸し出されたのが、富士美が所蔵するこの1点なのです。
学芸員さん曰く、
「本作はルティエールが亡くなる1年前の最晩年に描かれた貴重な作品で、
歴史的にも非常に重要な作品です」
とのこと。
何も知らずに観た時は素通りしそうになりましたが、
その事実を知った途端、とんでもなく貴重な絵画に思えてきました。
















