祖母が亡くなり1年が過ぎました。

気持ちの整理がついてきたので、書き残せたらと思います。
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以前ブログにも書きましたが、祖母は認知症を6年前に発症し、最後は老衰で亡くなりました。
自閉症とは違う!っと思われるかもしれませんがハッ認知症と自閉症…脳の機能障害。共通する部分も多くあるように感じるのです。
 
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認知症は何かの病気によって起こる
症状や状態の総称です。
老化によるもの忘れと認知症はちがいます。
誰でも年齢とともに、もの覚えがわるくなったり、人の名前が思い出せなくなったりします。こうした「もの忘れ」は脳の老化によるものです。しかし、認知症は「老化によるもの忘れ」とは違います。認知症は、何かの病気によって脳の神経細胞が壊れるために起こる症状や状態をいいます。そして認知症が進行すると、だんだんと理解する力や判断する力がなくなって、社会生活や日常生活に支障が出てくるようになります。
 
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祖母が認知症が発症したのは、目の手術をした後からでした。
手術をものすごく、嫌がり、怖がっていました。元々血圧が高かったのに、手術後血圧が200を超えていました。この時に、脳に何らかの障害をおってしまったでは…っと思っています。
発症してからの進行はとても早く、検査員の方がびっくりされるほどでした。
アラジンを妊娠してから、出産するまでの約1年間で、認知症の症状は軽度から重度に近くなるほどのスピードでした。
日に日にできることが少なくなり、会話も成立しなくなっていく。
母のように育てくれた、祖母がまるで知らない人のようになっていく姿を見るのは、とても悲しく辛いものでした。
 
私が妊娠後期になる頃には、徘徊もひどくなり、排泄も無理になっていました。
食べたものを口から吐き出す行為もありました。
毎日、掃除や祖母の介護に追われる日々。妊娠中ということもあって、身体的にも精神的にも限界がきていました。
 
そんな時に、掃除したばかりの部屋にはき散らかされたことかありました。その時は押さえきれない感情がわき、祖母を叩いてしまいました。
祖母が認知症と診断された時は、支えていこうと心に決めていたのに…
 
私「私が嫌いで、嫌がらせをしているの?!」っと叫んでしまいました。
 
祖母の背中を見て一人泣いていると、
 
祖母「好きや…」
話せる言葉を少なくなっているのに、はっきりとした口調で答えました。
その言葉に、涙が止まらず。愛情深く、育ててもらえてことを実感した瞬間でした。
 
今思えば、なぜ手を上げてしまったんだろう…したくてしている行為でもないのに、吐き出してしまう。祖母が一番つらかったはずです。
世界が自分の知らないものになっていく。
恐怖しかなかったと思います。
優しく、守ってあげるべきだったのです。
 
亡くなる前日、アラジンを園におくった後、祖母の入所している老人ホームへ足を運びました。
1週間ほど前に、熱を出しそこから食事が少しずつとれなくなっていきました。
私も偶然か、同じ時期に高熱を出し寝込んでいました。うつしてはいけないと思い、会いに行くことが出来ませんでした。まだ体調が完全に回復はしていませんでしたが、もう長くはないということを聞き、会いに行きました。
 
寝たり、起きたりの繰り返しでした。
少し目があいた時に話しかけました。
 
アラジンとハルくんの写真を見せた時、
 
祖母「あー…はる…」っと発することが出来ました。
 
自分に霊感などは、ないと思っているのですが。祖母にまとう、オーラがグレーに見えました。死者を見ると白っぽく感じるのです。
より、白に近くなっている気がしました。
長くはないだろうと実感しました。
 
看護婦さんが容態を見に来ました。片足の血流が悪くなり、冷たくなっていました。
看護婦さんが優しく足をさすってくれていました。
 
看護婦さん「老衰というのは苦しくないんですよ。私たちは、食べることができないのは苦しいと思いますが。自然に体が受け付けなくなっているので、苦しくないのです」
 
枯れるように死んでいく…
それが老衰なのです。
 
 
 
その日の夜、祖母は亡くなりました。
死に目に立ち会うことはできませんでした。
 
 
死に顔はとても綺麗で、元の祖母の顔に戻っていました。
 
認知症を発症した時には、安らかな死を迎えて欲しいと願いました。
89歳…十分な寿命です。
それでも、家族の死とはとても悲しいものなのです。