結局
介護認定の手続きを阻んでいたのは
父の頑なな拒否だけでなく
母が味わった窓口でのイヤな思いもあったのかも。
かつての『嵐のスクリュー魔』の母であれば
父を説き伏せ
窓口の ニセ八名 も説得して
とっくに申請を済ませ、今頃認定の可否も
結果がわかっているころだっただろうが。
「もーどーでもいーわ」という気持ちにさせたのは
母の年齢と窓口の対応も関係ないとは言えない
3年ほど前、13番さんの介護認定の申請を出しに行ったときも
窓口の説明のややこしさに
13番さんだけだったら多分手続きできないだろうなと思った。
役所の人にとっては
毎日来る『わからんちん』相手に同じような事を説明するのも
大変だろうが
この窓口に来る多くの母のような人の
立場に立った対応をお願いしたい。
でないと、国や自治体から 介護認定を
なるべく受けさせないようにという通達が出てんじゃないかと
勘ぐっちゃったりして。
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さて、手続きを済ませた母とワタシは
エレベータに乗って、『包括支援センター』へ。
デイサービスも併設されており
父の入院前はボランティアとして母もここに通っていた。
対応に出た女性の職員さんは
こちらの事情を聞いて
と、言ってくれた。
そして、マンションの改修工事の話をすると
そりゃあ、そう言われますわね。
ワタシもノンビリしすぎました。
一旦 家に帰り、
車に父と母を乗せ、百貨店に向かい
杖を選んだ。
そうそう。
ニセ八名のところで
書類を作る際、
と、聞かれたんだけど(あ、青汁は持ってないが)
母がとっさに
と、答えていた。
これ、結構ナイスフォローかも。
杖も父の気に入るものが見つかった。
(後で連絡して、弟と折半でプレゼントすることに。)
こうやって、父と街に出られたことも
その後一緒に食事が出来たことも
(えへへ。父のオゴリ。ゴチでした。)
先月の半ばまでは考えられなかったコト。
何となくジ~ンと来てしまったよ。
あとは、14日の調査の後、
介護度の結果を待つのみ。
どうなるかはわからないが
取り合えず、はじめの一歩はふみ出せたワケで。
長~い一日が終わったヮ
え?前日インフルか?の長男は?
どうした~!生きてるか~?
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