コッシーのWSに参加しました
5ヶ月前に遠野であざらしの女を踊って
表現することの楽しさ
表現を観察することの楽しさ
インディアンドラムの鼓動
躍動するエナジー
場の一部となる体感
体と自分の距離感
人に教わることの嬉しさ
物語をテーマとすることや
内なるままに動かされる感覚
たくさんの新しい自分に合えて
遠野で体感した感覚を連れて
流れが止まらないまま今回のワークショップへ
この日は熊を踊る
会場のたまくささんの二階は
窓から指す光が優しく暖かく、山々から自然の風が懐かしい
コッシーの目は優しく暖かくもすべてを見据えている
内なる魂を見据えている
大勢の魂とサークルを組んで
自分の名前を表現したり
出てきたものをそのままに
少しずつ緊張がほどかれていく
いよいよ物語の世界へ
「怒り」をテーマとして踊るという
「喜怒哀楽」をひとつひとつ丁寧に
まずは感情を出して表現していく
「喜」
「哀」
「楽」
思いっきりやってみた
感情を出していくと
どんどん楽しくなってきた
「怒り」は難しい
怒ってみたけど、まだ何か足りない気がしてくる
怒っちゃいけないって普段抑圧しているせいなのかな
動作も交えると「怒り」の動きが見えてきた
「怒り」は体を硬直させるんだなぁと考えていた
諦めや哀しさに通じるような虚しさも「怒り」なのか
感情表現はコントロールできることを学ぶ
「怒り」も習得しないといけないな
普段閉じ込めていると、自分の怒りに負けてしまい破滅しそう
普段からよく怒っているけど、冷静にならなきゃ、相手に怒りの原因を伝えなきゃと抑制している感覚
これでは魂の解放に繋がらない
インディアンドラムの鼓動が私の心臓をビートを刻んで表現をはじめていく
感情に溺れることなく、浸かりすぎずに「怒り」を「熊」を肉体がどう捉えるのか
自分でも分からないままに夢中になって「怒り」と向き合う
表現やダンスとは程遠い不様な格好だったけど、怒りを感じて踊ることは楽しかった、哀しかった、出しきることの安心感と安堵感、すべてを許せるような解放感に行き着いて、踊りのワークショップを体験した
最後に真っ直ぐに立ったことを書きます
股関節が正常ではなく、不格好に歩き動けるけど真っ直ぐに立ち、歩き、しゃがむ、走るといった下半身の運動能力が停止している
私の右足はいつも鳥の足みたいに膝をかくっと曲げて立っている
地面を大地を踏んでいない
寝ているときも伸ばせないのでかくっと
ワークショップでは基本的な立ち方を教わりました
体重のかけ方
かかと、指先、内側、外側に慎重に体重をかけていく
ひょんなことで一瞬の痛みに変わる私の右足
恐怖心が拭えずまだ真新しい床を慎重に慎重に踏みしめて足の裏の感覚味わって地球の重力と繋がっていく
股関節を四角く結んでいくと、やがて角が取れ円として滑らかな肉体の動きを感じる
力を抜き股関節に真っ直ぐと抗わず上半身を乗せる
真っ直ぐに立った
久しぶりの感覚
12年前に痛めてからこんなに真っ直ぐに立った!
この感覚当たり前のことなんだが嬉しくて目頭が熱くなりました
痛みを抱えワークショップに飛び込んだ冒険と勇気を自分に少しだけ誇って清々しい気持ちで帰路に着く
今回学んだこと
怒りは表現として扱える
なるほど!
怒りの、表し方も出し方も訓練で習得できる
感情に溺れることとは違う
浸かることではなく
表現していく、ダンスとしていく
正しさは内にある
委ね表すだけ
喜びと楽しさ歓喜の反対に
ちゃんといる怒りや憎しみに蓋をせずに
喜怒哀楽を味わっていく
怒りだけ置いてけぼりにしないこと
真の感情を味わっていく
この体とハートを味わう流れがきているので続きをまた書きます
まずはここまで

