美しいと感じるとき
美しいの多面性について
普遍的な美しさとは
華やかでキラキラしていて
都会的で垢抜けて凛として
明るく光に満ちている
普遍的ではない美しさとは
洗練されていなく
貧乏臭く、田舎臭く、
みすぼらしく
どこか暗く、閉鎖的な佇まい
外側の印象に惑わされていると
内側から滲み出る
人間の美しさを見抜くことに
そもそも興味を持たなくなる
自分の目で見て確かめて
心に聞く
マインドで振り分けることに
そもそも慣れていないので
ふとした日常に
わたしとは違う価値観を定義されたとき
自分のざわつきが起こって
自分の感じた心にさえ
疑問が出てきて
自信が失くなってくる
いや、まてよ
一回休んで
感じる心に定義はないんだよな
感じることは自由
昔々その昔
10代の私はある日のこと姉と二人で汽車に乗っていた
向かいに年配のご夫婦と思われるお二人
畑、田んぼ、または大工さんかな?
外仕事の帰りの様子で
ご夫婦は作業着と泥のついた長靴だった
男の方は麦酒をマナー良く飲んでいて
飲み終わった缶を椅子の下にそっとおいた
(今はどうか知らないが昔は汽車のなかでお酒飲んでも良かったと記憶)
話をすることはなく、でも穏やかで、
女の方は男の方のやるように飲み終わりの缶を椅子の下においた
その時夫婦を見て私は仲良くて素敵だな、と安心した感情だった
なのに、急に涙が出てきて汽車のなかでぼろぼろと涙を流して泣いてしまっていた
揺れて進む汽車のなかでどうしたものか
隣を見ると姉も泣いていた
二人で泣いていた
通路を挟んで向かいのご夫妻に勘づかれないようにしながら号泣してた
姉もそうしていた
あの時のこと、たまに思い出して
幸せなのに急に悲しくなったの?
隣の姉が泣いているので自分も悲しくなったの?
なにか、いつもとは違う感覚に入ってしまい訳も分からず泣いていたあの日
そんな思い出
心の清んでいる人の目は美しい
良く自分は
一般的ではないものに美しさを感じることが多く
あの人は暇な人だから構わない方がいい
あの人はおかしい人だ
あのねこはのら猫だから汚い
あのねこは汚いから触らない方がいい
心の清んでいるねこの目は美しい
話がまとまらないので終わり
