おはようございます。

美容師兼タロット占い師の アポージョ川原です。


【続・自己開示①】の続き


いやぁ~、しかし出産 なめてかかってました。


お腹が張って急きょ病院に 
到着したら 車いすが用意されてて
全然大丈夫なのに乗せられて
診察室に運ばれていきました。


結局、そのまま入院することに。


配偶者以外の立会いをしていない病院でしたので
両親や姪っ子は そのまま帰っていきました。


ひとり 出産の待機室で 産気待ちな私。


ちょっと痛いけど、こんなもん?


って感じでした。


鼻歌交じりに、携帯で自撮りしたりと
めっちゃ余裕だったのですが…


その後、
モーレツな陣痛が10分 休憩が10分と
めっちゃ痛いくせに 間隔が縮まってこず
変則的な痛みと 一晩 格闘しました。


ひゃあ~  マジ痛すぎっあせる


さすがに体力も限界で、
意識が朦朧としてきたのか
呼吸ができにくくなってきました。


そのまま朝になり、
このままでは危ないからと
酸素マスク付けられ、ストレッチャーに乗せられ
ドラマのワンシーンみたいに そのまま
救急患者として分娩室に運ばれていきました。


あまりの痛みに『もうやめたいよぉ~』


と、泣きが入った私だったのですが、


『この痛みを終わらせるには産むしかない』


そう思い直し、
持てる力を振り絞って産んだ
そんな出産でありました。


出産の後、
「処置が終わっってから
 お子様を抱っこしてくださいね~」
と着替えをしてもらって
やっと痛みから解放されたかと思いきや
まだお腹に胎盤が残っていたようで

そこからがさらに もっと痛くて

麻酔なしで お腹を掻き回され
看護婦さんがひっきりなしにお腹を押して
そのたんびに恐ろしいぐらいの出血量で
 
痛みと疲れとが一気に押し寄せ
赤ちゃんを 抱っこするのもそこそこに
私はそのまま気を失ってしまいました。


朝の10時に出産して夕方まで
私は処置室に寝かされていました。



日も暮れて意識も戻り、病室に帰ったものの
貧血が酷いので、
その日は赤ちゃんとの対面はできず


『あれ?私ってホンマに産んだの?』


と、半ば半信半疑で 複雑な気持ちのまま
一晩を明かしました。


なので、次の日に娘と対面した時は
感激もひとしおで、
その日の晩、子供を持った喜びが
ようやく実感として押し寄せ
涙があふれて止まりませんでした。



貧血が酷かったので、結局1週間入院しましたが、
1日目は車いす
2日目は点滴を持ちながら
3日目はよたよた伝え歩き
4日めは円座ざぶとんを持って
5日目はその円座ざぶとん振り回しながら
歩いている姿に
向かいの病室の妊婦さんに
「日に日にみるみる元気になっていくねぇ」
って言われてしまいました(笑)


私の入院した病院は、大阪でも有数の病院で
ハイリスクの妊婦さんが多く
多胎児の妊娠だとか、いろんなケースで
出産の数か月前から入院されている人も少なくなく
その中において どんどん回復していく私は
目立ったみたいでしたてれ(苦笑)


それでも、私も、高齢出産の上
ハイリスクだったので
担当の先生から直々にお声を頂いて
異例の転院での出産だったんですけどね。


出産後の貧血はあったものの
妊娠中も そして、産後の肥立もよく
私は、妊娠出産を経て 子供のおかげで
本当に強い体になることができました。


…つづく…