何かと物議を醸しだしていたドラマ
【明日ママがいない】と言うドラマ、
なんだかんだで、もう次が最終回です。

ドラマを見ない私が 珍しく、毎回見ておりました。

施設に預けられた子供たちのことを 描いたドラマで、
子役の子たちの演技が、驚くほど上手で
毎回、涙を流してみていました。


ほんま、生きてると、いろんな事情があるんです。

ドラマは決して誇張じゃなく、きっと
まだ 手加減しているぐらいなんじゃないかな?

そんなところから、自分の昔に
思いを馳せてしまいました。

昔と言っても、約12年前の事にです。

ある日、
子宮がん検診に行った先のお医者さんに
「あんた、妊娠してるがな」
と、唐突に言われてしまいました。

『えっ!?うそっ!?』

と、ただ驚いただけの態度しかできなかった私。

お医者さんが見せてくれたエコーの画像に
ちっちゃ~い、指人形のようなものが
元気にうごめいていました。

何ともいえない複雑な心境。。。

『なんで、今なん』



当時、離婚してもまだ、1年半もの間
元DV夫と、一緒に仕事していた私は
心がボキボキに折れた状態だったのに、
それを、鈍感力だけで乗り切っていました。

そして、その後、店を譲り受けたものの、
これから一人で40歳も超え、
運転資金のため、借金をして
仕事一途にやっていこうと決めた矢先でした。

(元DV夫の子ではありませんので、念のため)

両親も、すでに仕事をリタイアしていたので
何の後ろ盾もない状態でした。


不安でたまらなかった私は、
信用のおける友達数人に、相談してみました。

その全員が
「その状況やったら、難しいよ。。。」
と、言いました。

確かに、妥当な答えです。


あれだけ待ち望んだ妊娠だったのに、
誰にも喜んでもらえないんだ。。。

今の私であれば、40歳ってまだまだ若いよ
と、言えるけれど、
その時の私は、そうは思えず、
40歳で、これから起業しようと思っていて
その上シングルマザーって、
絶対無理やんなぁ…と弱気になっていて
堕胎することに決めたんです。


ただ、すんなり諦めがつかず、
毎日お腹をさすっては、
『なんとか産んであげることでけへんのかなぁ』
って、話しかけていました。

そのころ、一人の友人に付き合って
ある占い師さんに、
四柱推命と気学を習っていたのですが
その講座の日と、手術日が被ってしまってたんです。

その占い師さんに、
その日は手術なのでいけないと言うと
その人が 何の手術をするのかと聞いてきて
言いよどんでいる私に、
「ちょっと2人で話そうか」と言ってくれました。

妊娠していること、手術を決めた経緯
出産するのに難しい状況であることなど 話すと
その占い師さんは ポロポロと涙を流しながら
「あんた、子供いらんのか?
 頼むから 産むだけ産んでくれへん?
 もしか産んでみて、育てられへんねやったら
 事務所の前に置いていき。
 その時は私らで なんとかするから。」
と、言われました。

無責任でも、背中を押してくれる
そんな存在を探していた私。

私も、
『そんなんゆーてくれる人を待ってました。
 私、産んで育てます。
 ほんま、ありがとうございました。』
と、ただただ、泣いておりました。

数日後に 手術を控えた晩の出来事でした。


今の私は、
子供のいない生活なんて考えられないですが、
遠い記憶をたどっていくと、
そんな葛藤の日々を過ごしていたんだと、
苦しくなってしまいました。

そして、そんな日に限って、
イライラ&めそめそモードだった娘に
添い寝をしてあげてたら、
そんな思いが溢れてきて、

『私のところに生まれてきてくれて
  はんまに、ありがとう』

そう思うと、涙が止まりませんでした。

横で、娘は いつのまにか眠ってしまっていました。

虐待してしまう親、
子供を置き去りにしてしまう親、
子供を支配してしまう親、

そのどれもが酷いことで、許し難いことです。

そして、そんな親に対しても、
子供は従順でけなげなのですが、

そんな親のそれぞれにも、
いろんな事情が絡んでいる場合もあるんじゃないかと
一度は堕胎を考えた私は、そう感じてなりません。

守られた環境で、不安を感じずに、そこに望めれば
言うことはないのですが。。。

ほんま、いろいろあるんです。 世の中は。。。

辛いこと、悲しいこともいっぱいあります。

それでも、乗り越えていけるんです。

それでも、生きてたら、楽しいこともあるんです。