2月3日の節分を終え、4日は立春、新しい季節の始まりだ。その日にネットで、大塚隆さんの「協生農法」に出会った。

 大塚さんは、十代の頃から、貧困と戦争をなくすための理論を考えてきたという。

 シェアした理論は、私がフォローさせていただいている、いのちを大切にして暮らす方々が求めていることと同根だと感じた。どうしても精神のことに表現が傾きがちだと、日ごろの暮らしはどうなるのか、という苦悩を抱えていらっしゃる方々も多いようだ。

 大塚さんの「協生農法」は、誰でもがやる気になれば実行できる。汚染されない土地と湧水と空気に恵まれているところならば。

 原生自然に触れると分かるのだが、樹木を中心に下草までがよりよく調和した大地では、多種多様な食べものが実る。

 「協生農法」では、複数の果樹を中心に、下草になる大地はすべて食べることのできる種をまき、混栽密集させる。すると、驚くほどの収量があがるという。

 大切なことは、日々に、畑に間引きにゆくこと。日々に畑をめぐること。畑には何も入れないことだ。原生林のように、自ら成る生態系ができあがる。そこには虫も鳥も動物も来る。

 私は山村に移住した20年ほど前に、農薬のかからない山の農地を借りた。元々そこで生きていたものは、ワラビ、フキ、笹、ヒヨドリソウ(渡りの蝶々、アサギマダラが、遠く南の国から蜜を吸いにやってくる)、アザミ、ミズキ、イタヤカエデ(甘い樹液が出る)、ヨモギ、クズ、クマイチゴ(大きなイチゴがなる)等で、そこに私がハーブ何種か、水仙、キクイモ(黄色の菊のような花が咲く)等を植えた。

 キジが卵を産み、ウサギやニホンカモシカの子が来る楽園だった。この恵みを野草茶にしたり、向かいのヤマザクラの花見をしたり、農体験で、増えた作物を旅人と共に摘んだり、料理したりして楽しんだ。

 ところが、こうした農地の使い方は、農業ではないと言うのだ。貸した農地を更地にして返せと言われ、泣く泣くそこを去った。

 それから10年以上がたっているが、そこにゆくのは私と、私が増やしたものを盗んでゆくヤカラたちだけだ。いつか、何かの助成金などを使って、あの素晴らしい生態系の保たれた私の農園は、更地にされるのだろうか。

 原生自然の豊かさを実感できれば、農地でも同様の生態系を育めるのではないか、ということが分かる。

 その理論を大塚さんは確立した。

 この理論に学び、実践する人が増えれば増えるほど、私たちの未来は、いのちにあふれる。

 ぜひ、大塚さんのブログ元に行って読んでいただき、広めてほしい。そして、精神と暮らしを一致させることで安らかな日々が重なり、貧困と戦争をなくすことができる第一歩を踏み出せたら、どんなに幸せなことかと思う。