天然秋田杉林を見たことがありますか。


ブナ原生林の下方、標高500メートルには、かつて、天然秋田杉混交林がどこまでも、厚く、広大に広がっていました。戦前の、成田為三作曲の秋田県民歌には、「斧の音響かぬ千古の美林」と歌われています。


 天然秋田杉は日本三大美林のひとつに数えられ、昔から大変有名でした。大阪城も、天然秋田杉で建てられています。


 長い間、大切に守られてきて、日本各地の酒や味噌、醤油を発酵させる大きな樽は、天然秋田杉でできています。海や湖で活躍する丸木舟も、天然秋田杉で作られました。


 とくに敗戦後には、復興のために、どんどん各地に伐り出されて、今では美林は消滅、わずかな、学術参考林が残るだけです。伐採も禁止されました。


 天然秋田杉は、老齢になっても樹精が衰えず美しく、樹齢約350年もの天然秋田杉で建てられた小学校が、数々生き続けていました。


 それが、多額な税金を使い解体されて、今年度にひとつ、来年度にひとつ解体が予定されています。もう、これが最後の校舎です。


 成田為三の「浜辺の歌」を知っていますか。

日本を代表する成田為三の母校が、最後に生き続ける天然秋田杉校舎、旧仁鮒(にぶな)小学校です。


 為三は、日本初の童謡「かなりや」の作曲者で、多くの作品を生みました。けれど、東京大空襲ですべてを焼失し、敗戦後、これからという時に、病で急死しました。51歳の若さでした。


 仁鮒小学校の玄関には、成田為三の「浜辺の歌」の歌碑が建っています。校内には、為三の資料も展示されています。


 私の亡き友人は自然の専門家であったので、学校の卒業生や、天然秋田杉産地を担ってきたお年寄りたちにお話をうかがいながら、解体せずに守り、改修し、後200年以上も生き続ける仁鮒小学校を、地域内外の子らの楽園によみがえらせようと尽力してきました。


 ネットで検索すると、秋田県能代市二ツ井町の仁鮒小学校と、同じように貴重な切石小学校が出てきます(今年度解体)。


 それぞれの地域の魅力は、そこで生き続けてきたものが語ります。その自然の恵みで、私たちは生きてきて、その知恵が文化遺産になっているのです。


 旧仁鮒小学校の解体を止め、登録文化財として改修し、後200年もの間、子らの楽園にできるように、このことを知ってくださいますようにお願いします。