カーテンをよじ登り、天井に近いタンスの上に降り立ち、じっと私を見下ろす、少女猫のまーちゃん。
今日、11月5日で、保護して36日目になった。もう、赤ちゃんではない。今は、遊び疲れて、私を触りながら寝ている。
弾ける。全身で、生きている。
私は猫の母さんやきょうだいと違って、まーちゃんに爪をたてられると痛い。その分、まーちゃんの成長には不利なことが、申しわけない。猫かぞくとは、からまり合って、じゃれ合って大きくなるのだろう。
前は、「まーちゃん」と呼んでも、小さく隠れていて、自分から来てくれなかったが、今は、返事をして、飛んで来てくれる。
ブログの不具合で、写真がアップできずに残念だ。
私は猫である、という存在感がある。眼孔は、ますます鋭い。
猫や犬の子ども時代は、一年間だ。
外に出られないのも、申しわけない。
人間が他種を尊重して生きることができたら、ひき殺される生きものはいなくなるのに。
まーちゃんが、一日一日と元気に育ち、ただ一緒にいるだけで、安らかな時間が流れる。
猫の子も、犬の子も、熊の子も、渡ってきてくれた白鳥の子も、海の海草をゆりかごに育つ稚魚たちも、大切にされる人間社会になりますように。