「美しく生きたい」

親友が、この世を旅立ってから、遺された小さなスケッチブックに、書かれていた。美しい色彩の絵と共に。


 愛犬の命日と、親友の命日は、一日違いだ。


 俳優の石立鉄男が、自分は二枚目を演じている。二枚目とは、自分の最も大切なものを譲れる人、と、インタビューに答えていた。


 親友は、一度も私を損なったことのない人だ。つねに慈しみに包まれ、私は甘えていたのだろう。


 春馬さんのように、最もつらい立場に追われたものを助けようと、いのちを削った。


 自分をいちばん大事にしてほしいと私が願うと、いま、そうすることが、自分にとってはストレスになるのだと、優しく私をさとした。


 暴力に巻き込まれることがなければ、響き合う感動を書にしたり、絵にしたり、ユーモアで、哀しい人たちを励ましたりしていただろう。


 親友は教師で、かぞくや社会に打ち捨てられた子らの、真の親だった。


 葬儀の日、卒業しておとなになった子たちも、たくさん参ってくれた。


 陽の光を浴びて、こぼれる朝露のように、親友に慈しまれた子らが、ことばをかける。


 いつまでも、いつまでも、立ち去ることができない。そんな光景を思い出す。


 美しい人が、この世にいたことが、私を励ます。


 自分の最も大事なものを、差し出すことができた人が、いた。


 若い時の親友は、妖精のように美しかった。


 歳を重ねて、その美しさと才能と人柄は、他者の嫉妬で傷つけられていた。親友は美しさを隠す地味な服装をしたが、内面の輝きは、不幸な生徒たちのこころを開かせた。


 親友も、春馬さんも、今、ここで共に生きたい人たちだ。


 自分は美しく生きられるのだろうか。


 長く生きて思うのは、この世に、誰ひとり味方がいなくなったとしても、彼らと共に、私は生きるのだということ。


 美しい人たちの魂と共に。