昔から世界各地で、冬至や、夏至に、祈りが捧げられてきた。
今年は、夏至近くに、アイヌのシャーマンの方の祈りに参加させてもらうことになっていたが、大切なボランティアが入ってしまい、行けなくなってしまった。
かなうことと、かなわないこと。
そんなことを考えたり、感じたりしていたら、知人が夏至に、宮古島のシャーマンの方と共に祈るという。
きっと、そこで感じたことを、後で話してくれるに違いない。
そのシャーマンの方が書いた本があって、どんな内容か調べていたら、ブログをフォローさせていただいている方が、以前紹介してくださっていた。
そのブログで、世界各地の13人の女性シャーマンが集った時の本が紹介されていた。
確かに、以前、その本を求め、読んでいた。
その後、原発震災が起きて、生きていける可能性がほとんどなくなり(3月15日前後)、原発震災以前の世界とは違ってしまったので、長らくこの本のことを忘れていたのだ。
幸いなことに、いくつもの不幸中の幸いが重なり、何とか事故原発は倒壊しないでいる。いまも、危機は去ったわけではないが。
確かに、人事を尽くして天命を待つ、祈るしかない時がある。
人災は止められるのだから、起こる前に止めたい。いつも、真っ先に犠牲になるものは、弱い立場に追われたものたちだ。放射能汚染では、野生のものたち、小さなものたち。
夏至に、祈ろうと思う。
原生自然の源には、いとおしいものたちが、光となって生き続けていると感じる。
この世にいた時と違って自由と歓喜に包まれているだろうが、この世の祈りと響き合って、一筋の光を届けてくれる気がするのだ。
生きものとしてこの世にあるために、他種のすみかやいのちを奪わずに、つねに、原生自然とつながって生きていたい。
いつの日か、再び、いとおしいものたちと再会できることを信じながら。