亡くなった友人の書籍を整理していたら、雑誌の特集があった。特集は福岡正信さん。

1938年から、自ら名づけた自然農法を実践してきた人だ。


福岡さんは「自然への審美眼や感性、悟性は、人間にとって最も大切な本能(本性)」と書いている。


「無分別の智」が、大切なのだと。

「人間が何もしなくても、草木や小鳥が人間を救ってくれる」のだと。


昔の農山漁村の人たちは、山から海の恵みに感謝して暮らし、草木で火を焚き、海水から塩を作って、旬の恵みを食べてきたと。


その何一つ、人が生んだものはなく、自然と一体になって暮らしているだけで、すべてがバランスよく動いていったのだと。


福岡さんは、自然が神だと分かったと言う。

神と自然と人は一体なのだと。


友人は、この「無分別の智」を、体現した人だと思った。私は人間の「分別」の世界で生きてきたので、長い間、友人を分かっていなかったのだと思った。


春馬さんからも、同様の智を感じる。

春馬さんの美しさ、あふれる審美眼、いのちへのいつくしみは、本来の人間が持っていたものだった。


友人が春馬さんを原生自然に案内したら、春馬さんは、どんなに歓んだことだろう。


これほどまでにも多くの人たちを春馬さんが惹きつけるのは、本来の人間の姿だからだ。


福岡さんも、友人も、春馬さんもこの世を離れ、すべては、この世にある私たちの生き方にかかっている。自然を滅ぼすことは、死を意味する。


私は、本来の人間の感性で、いのちそのものを感じたい。