心はボロボロながらも
ネイルの時間は私の心の癒し
楽しくて楽しくて、夢中になって練習しました
そのお陰でネイリスト検定には順調に受かり
ネイリストと自信を持って言える1級まで無事取得
しかし、実際取得したものの
そもそも
どうやってお客様を集客したらいいのか?
どうやって私の存在を知っていただけるのか?
ネイルサロンってどんなものなのか?
ネイリストは技術があれば大丈夫!
だと思って進んできた私は
実際にネイリストとして活動するとなっても
何をどうしていいか?
その事をどこに聞いていいのかもわからずにいました。
なので、ネイリストと言いながら
ホームヘルパーのお仕事をしたり
夫の家業の事務をさせていただいていました。
家を出た当時
持って出たのは受験のためのネイル道具と
パソコンと少しの着替え
子どもはダンボールを机にしてお絵描きしたり
小さい電気ストーブの前に毛布で暖をとり
パソコンの小さい画面を3人で覗き込んだり
一昔前のドラマに出てくるような 本当に貧乏な生活でしたが
それでも『子どもたちの笑顔』がある。
それだけですごく幸せでした
もともと貧乏な生活にそんなに不満を感じる方ではなかったので、それなりに楽しんでいましたね☺︎
今でも上の娘と当時を思い出しては楽しかったねーなんて笑い話しています。
3人の生活に慣れてきた頃
【今大学病院にむかっている】と
アルコールに蝕まれた夫が危篤状態だと義父からの電話
しばらく連絡を取っていなかった夫と
まさか
病室で再会することになるとは思いもしませんでした。
病室に入ると意識がなく、沢山の管に繋がれた姿
担当医からはもうここ数日が山場だと宣告を受けました
当時の気持ちは正直あまり覚えていません
当たり前だけど、今まで経験したことのないことが突然起こり、心の準備もなく、突然言われた命の宣告
何をどうしたらいいのかも分からず、何にもできず
ただただ側にいることしかできませんでした
それから病院に寝泊まりする日が続き
これまでのようには仕事ができない状況になってしまい
複数していた仕事を一本に絞る決断をすることにしました。
ネイリストか、ホームヘルパーか、、、
生死の境にいる夫を見て
生きている今、私は何をしたいか?
と、自分に問いました
出した答えは
夫が背中を押してくれたネイルでした
この時ネイルを選んで本当に良かった
大変だったけどネイルにたくさんたくさん救われてきました
その後、何とか命を繋ぎとめた夫は
命の宣告は受けたものの無事退院
ネイル一本でやって行くと決めた私は
アパートの賃貸の1部屋をネイルサロンとして
設けるために空間・商材を揃え始めました
この時のアパートが、今のサロンになっています🍀
私の歴史が詰まった愛すべきサロンです。
家を出て行くことも
生活のために仕事を掛け持ちすることも
ネイル一本でやっていくと決めたことも
色んなきっかけがあってのことですが
全て自分が選んだ道
決めたのは私自身
それができるようになってきたこの頃から
私は少しずつ強くなっていけたように思います
フレスカメソッド
