金木犀のかおりが 部屋までやってきて
それだけで 幸せな気持ちになる
…小学校の時 この香りを
「トイレの匂い」って言った奴
でてこーいっ!
またまた登場
いろりです
いかりんさんの記事読んで
父の入院中を思い出した
私たち家族が間借りの形で同居して2年目
父は…
リタイアしてからも
健康に気を使い
暴飲暴食はせず
ゴルフと孫と遊ぶことを楽しみに
元気に暮らしてるはずだったのに…
まさかの 膵臓がん発覚
一番びっくりしたのは 当の本人だったと思う
母は 自分の楽しみ優先で
娘の私がいるから あてにして
手術から退院までの間も
数えるほどしか 見舞いにこなかった
なんとか回復し
ゴルフのコースに出れるまでになってた
で まさかの再発
しかも腹膜全体に転移していて 手のほどこしようがなく
余命3か月といわれた
痛みもひどくなってきて モルヒネがかかせなくなった
そして再入院
余命1か月
私は 毎日かかさず病室へ行った
大好きなお父さんの役に立てるから
たくさん心配かけて たくさん迷惑かけたから
せめてもの罪滅ぼし
そんな風に思っていたように記憶している
病室で話すことは
「母さんを頼むな!」
「○○さん(母の事)は大丈夫か?」
○○さん ○○さん ○○さん…
母の事 ばっかり
見舞いにもこないのに?
好き勝手 遊んでるのに?
全部人任せで 薄情者なのに?
なんで 母さんのことばかりなの?
私 こんなに頑張ってるのに
私 こんなに役に立とうとしてるのに
私 子どもたちのことより 父さん優先してるのに
私 こんなに父さんが好きなのに
なんで 私じゃダメなの?
帰りの駐車場で 号泣してしまったこともある
ずっと 我儘ばかりいってきたからだ
ずっと 心配ばかりかけてたからだ
ずっと 期待に応えられないことばかりしてきたからだ
報われない気持ちで心は張り裂けそうだったけど
それでも かかさず お見舞いに行った
お医者様に 入院していても何も出来ないから
家に連れて帰ってもいいと 言われた
すぐに退院は不安だったので
外泊許可をもらい 大丈夫そうならそのまま退院ってことになった
そして3日目
朝から調子が悪そうだったけど
たまたま母もいる日だったので
私は 庭の剪定を一日中していた
夕方 母が
ちょっときて なんか父さんおかしいの…
慌てて部屋に戻ると
もうほぼ息をしていない状態
すぐに救急車で病院へ運んだけど ダメだった
母さんがいる 自分の部屋が最期で よかったね
それから
何も考えない すべてお任せ状態の母の代わりに
身内への連絡、元勤務先へ連絡
葬儀会社との打ち合わせ
通夜 告別式
悲しいけど 考えることがありすぎて
泣いてる時間がない
ちょうど同じタイミングで 三男くんが盲腸で手術入院
疲れすぎて横になりたいのに眠れない
お酒の量ばかり増えてた
もう 私も何をやってるかわからないうちに
月日だけ過ぎていった
そしてここから
つい最近まで
母親を許せなかった
母親が憎かった
母親をずっと責め続けた
今書いていて 気づいた
私
同じように
自分を責め続けてる
余命1か月だと 母に伝えなかったこと
最期が近づくにつれ 遺産の計算してたこと
母の代わりにやった 喪主の挨拶がうまくできなかったこと
…
気持ち悪くなってきた
お付き合いいただき ありがとうございます
それだけで 幸せな気持ちになる

…小学校の時 この香りを
「トイレの匂い」って言った奴
でてこーいっ!
またまた登場
いろりです
いかりんさんの記事読んで
父の入院中を思い出した
私たち家族が間借りの形で同居して2年目
父は…
リタイアしてからも
健康に気を使い
暴飲暴食はせず
ゴルフと孫と遊ぶことを楽しみに
元気に暮らしてるはずだったのに…
まさかの 膵臓がん発覚
一番びっくりしたのは 当の本人だったと思う
母は 自分の楽しみ優先で
娘の私がいるから あてにして
手術から退院までの間も
数えるほどしか 見舞いにこなかった
なんとか回復し
ゴルフのコースに出れるまでになってた
で まさかの再発
しかも腹膜全体に転移していて 手のほどこしようがなく
余命3か月といわれた
痛みもひどくなってきて モルヒネがかかせなくなった
そして再入院
余命1か月
私は 毎日かかさず病室へ行った
大好きなお父さんの役に立てるから
たくさん心配かけて たくさん迷惑かけたから
せめてもの罪滅ぼし
そんな風に思っていたように記憶している
病室で話すことは
「母さんを頼むな!」
「○○さん(母の事)は大丈夫か?」
○○さん ○○さん ○○さん…
母の事 ばっかり
見舞いにもこないのに?
好き勝手 遊んでるのに?
全部人任せで 薄情者なのに?
なんで 母さんのことばかりなの?
私 こんなに頑張ってるのに
私 こんなに役に立とうとしてるのに
私 子どもたちのことより 父さん優先してるのに
私 こんなに父さんが好きなのに
なんで 私じゃダメなの?
帰りの駐車場で 号泣してしまったこともある
ずっと 我儘ばかりいってきたからだ
ずっと 心配ばかりかけてたからだ
ずっと 期待に応えられないことばかりしてきたからだ
報われない気持ちで心は張り裂けそうだったけど
それでも かかさず お見舞いに行った
お医者様に 入院していても何も出来ないから
家に連れて帰ってもいいと 言われた
すぐに退院は不安だったので
外泊許可をもらい 大丈夫そうならそのまま退院ってことになった
そして3日目
朝から調子が悪そうだったけど
たまたま母もいる日だったので
私は 庭の剪定を一日中していた
夕方 母が
ちょっときて なんか父さんおかしいの…
慌てて部屋に戻ると
もうほぼ息をしていない状態
すぐに救急車で病院へ運んだけど ダメだった
母さんがいる 自分の部屋が最期で よかったね
それから
何も考えない すべてお任せ状態の母の代わりに
身内への連絡、元勤務先へ連絡
葬儀会社との打ち合わせ
通夜 告別式
悲しいけど 考えることがありすぎて
泣いてる時間がない
ちょうど同じタイミングで 三男くんが盲腸で手術入院
疲れすぎて横になりたいのに眠れない
お酒の量ばかり増えてた
もう 私も何をやってるかわからないうちに
月日だけ過ぎていった
そしてここから
つい最近まで
母親を許せなかった
母親が憎かった
母親をずっと責め続けた
今書いていて 気づいた
私
同じように
自分を責め続けてる
余命1か月だと 母に伝えなかったこと
最期が近づくにつれ 遺産の計算してたこと
母の代わりにやった 喪主の挨拶がうまくできなかったこと
…
気持ち悪くなってきた
お付き合いいただき ありがとうございます