こんばんは


イメージセラピストのAnela(アネラ)です


5/9の記事、「存在給」の続きです・・
存在給ー(≧∇≦)


以前から、

「私がなんとかしなければ」

「私ががんばらなければ」

と無意識に思い続けてきたのですが、

おそらく、

「会社員の旦那さんのお給料は頑張っても急に上がるものではない」


「だから家族の自由と豊かさのためには、私がなんとかしなければならない」

と思い込んでたんだと思います。


心屋さんがおっしゃるには、この「がんばり」が「存在給」を下げている と^_^;

頑張ることが好きなつもりで、頑張ってきたことが落とし穴でしたね。


「存在しているだけで自分に価値があるか」というバロメーターになるというのが
「収入」なのです。

価値を提供しない自分の価値が、そもそもの収入を決める ということ。


「存在給」が低いと、


価値を提供して
役に立って
喜ばれて
働いて

「がんばって」収入をあげようとする。

そして、それができないと落ち込み、

そして、そうならないように さらにがんばって働く・・と。


そうではなくて、

「わたしだから、もらえる」

「わたしだから、何もしなくても、収入はもらえて当然」

「わたしだから、役に立とうが立とうまいが、豊かに暮らすことはあたりまえ」

なのです。

これを知っているのが大富豪だ

そう思えない人は、自分の価値を見くびりすぎです

と心屋さんはおっしゃってます。


完璧、自分を見くびってましたね^_^;

私の場合は、さらに

今までも、何かある度に色んな面で経済的に協力してくれる私の両親に、感謝しつつも、とても罪悪感を感じていました。

「もっともっと親孝行しなければ」

「両親の言うことには、できるだけこたえよう」

「協力してもらうことは、情けないことだから」

これが、呪いのように私を縛っていました。


とはいえ、現実的に大した親孝行はしていませんが勝手にひとりで
「~しなければならない」としんどくなっていました。

親孝行したい という気持ちは、自然とわいてくるものなのにね。。


両親は、ただしてやれることはしてやりたい と思ってくれた愛情からなのに、罪悪感を持ったりしてては・・それこそ違いますよね。

長らくこの想いが、私の「存在給」を下げてたと思います。


罪悪感からがんばってきた部分もあったのかもしれません。


好きなことだから「がんばる」というより、

好きなことだから、楽しんでやっていきたい と改めて思いました。


「わたしだから、(両親に)そうしてもらえた」


と思うことにします(*^^*)

かなり、楽になりました(^-^)


是非お気軽にご参加下さいねドキドキ

~この月は、カラーセラピー付きです(*^^*)~
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