「娘はなぜ死に追い込まれたのか」――兵庫県内で知的障害者施設を運営する女性が6月17日、国と同県を相手にそれを問う裁判を起こした。16歳の娘が無実の罪で逮捕・勾留され、強いストレスから深刻な摂食障害を起こして死に至った責任を問い、事の真相を明らかにしたい、との訴えだ。いったい少女の身に何が起きたのか。訴状や関係者などの話によると、ことの経緯は次の通りだ。
死に至る経緯
昨年6月17日、母が運営する知的障害者施設の職員として働いていた16歳の少女が、警察に逮捕された。幼い頃から施設の利用者と交わり、母のあとを継ぎたいという夢を持って、毎日生き生きと働いていた少女だった、という。
小柄だが明るく活発で、知的障害のある人たちを支えることに生きがいを感じていた少女(左)。週末のハイキングでは、施設利用者の手を取って歩いた=遺族提供
逮捕容疑は、他のスタッフと共謀して利用者の顎を押さえつける暴行した、というものだった。少女は取り調べで無実を訴えたが、聞き入れられず、犯人と決めつけられた。検察は、2度にわたって勾留延長を請求し、裁判所がそれを認めた。母親とも面会できない接見禁止処分も続いた。それまで健康で摂食症とは無縁だった少女だが、強いストレスにさらされ、逮捕直後から食事がほとんどとれなくなった。急激にやせ、留置場で倒れた。
体重が20キロに…
元々小柄で37.5キロと細身だった少女の体重は、27.7キロまで落ち込んでいた。釈放後、医療機関で治療を受け、食べて元気になろうと努めたが、もはや体が食べ物を受け付けなかった。無理に食べても吐くか下すかで、身にならない。体重20キロまで痩せ細った少女は12月14日、治療の甲斐なく死亡した。死因は低栄養状態。
「事件」はあったのか
「暴行」とされたのは、昨年2月15日に施設で利用者らとスタッフが一緒にチョコレート菓子を作る「バレンタインイベント」での出来事だ。訴状などによると、参加者の1人で自傷他害の傾向があるSさんが、自分の指を噛んだり、隣の人に噛みつこうとしたりしたため、少女は「あかんよ」と言いながら顎に手を添え、大好きなお菓子を与えて気をそらした。
この行為を、イベント参加者で知的障害のある女性Kさんが後日、自身が住む自治体の福祉担当者と話していた際、「虐待ではないか」と相談。それを伝え聞いたSさんの親が警察に被害申告を行い、刑事事件となった。
逮捕前の捜査は?
イベントには利用者とスタッフが合計35人いたが、少女を逮捕する前、警察が事情聴取を行ったのはKさん、ただ1人。供述弱者であるKさんの供述を裏付けるために、他の参加者に事情を聞いたり、当日の写真など客観証拠の任意提出を施設に求めたり、あるいは証拠を収集するための捜索差押えも行っていない。人を、しかも未成年を逮捕するというのに、あまりにずさんな捜査ではないか。
逮捕後、母親や弁護人が、警察と検察にイベント当日の写真その他の記録や関連資料を持参して提出し、状況を説明した。しかし、一度立てた暴行事件というストーリーを、捜査機関はなかなか下ろさなかった。
被疑者ノートに記された自白を迫る取り調べ
少女は、逮捕直後に弁護人から差し入れられた被疑者ノートに、取り調べ状況等を記載している。そこには、取調官が「本当はやったんだろう、しょうじきに言え 」「今言ったら楽になるぞ 」「すなおに言え 」「自分の事やろ?」「心わって話せ」などと自白を迫る言葉が続く。
共犯者として逮捕された成人のスタッフYさんの名前を挙げ、「Yは言ったぞ」と虚偽を告げたり、「少年(院)に行きたいんか 」と脅しめいた言葉が投げかけられたりもした。「なんでYと言ってる事がちがうんやろうな」との取調官の言葉の後に、少女は「(こわかった) 」と記している。
「これでさいごのとりしらべになる」「明日おかあさんに会える」などと期待を持たせるようなことも言われ、「好きなタイプ」「好きな人」を問う質問もされたようだ。
当然ながら警察も、少女が逮捕後に食べられなくなっているのは分かっていた。被疑者ノートにも取調官から「じけんはじけん めしはくえ やった事はしかた(な)い」と言われたことが記されている。面会できないことは分かっていながら、毎日警察に足を運んで様子を尋ねた母親も、警察官から食事がとれていないことを聞かされている。
被疑者ノートより。モザイク加工したのは、共犯者とされたYさんの名前。取調官はYさんは認めているかのような虚偽を言って、少女に自白を迫ったようだ。少女は「こわかった」とも記している
2度に渡る勾留延長
6月27日、担当のT検事が10日間の勾留延長を請求。裁判所は5日間の延長を認めた。その期限の7月2日、T検事は再度の勾留延長を請求。令状担当の裁判官はこれを却下したが、T検事が準抗告し、3人の裁判官の合議体が決定を覆して同月7日までの延長を決めた。
2度にわたって少女の勾留延長を求めた神戸地検(筆者撮影)
救急搬送されたが…
この決定の翌日、少女は留置場内で嘔吐し倒れた。外部の医療機関に救急搬送されたが、嘔吐への対症療法のみが施され、留置場に戻された。
不起訴理由も明かさない検察
その翌日、少女は突然、処分保留で釈放された。3日後には不起訴処分となった。弁護士が不起訴の理由を尋ねても、T検事は「諸般の事情を総合って気に勘案して」と言うだけで答えなかった、という。
ただ、ヒントはある。少女のケースは家庭裁判所に送致されていない。少年の場合、犯罪の疑いがある事件は全て家裁に送る決まりになっていることを考えれば、不起訴理由は「嫌疑なし」または「嫌疑不十分」だったと考えられる。共犯者として逮捕されたYさんも不起訴となった。
唯一の警察証人も「オーバーに言ってしまった」
母親は娘の死後、「暴行」があったと語る唯一の証人で元利用者のKさんから、自分が見たのは少女がSさんの顎に手を添える程度の行為で、役所や警察には大げさに言ってしまった、との告白を受けた。Kさんは「オーバーに言ってしまってすいませんでした 」との手紙を、少女の母親に送った。
このような、とても事件とは言えない出来事で、少女は逮捕され、勾留され、そして心と体に回復不能なダメージを負った。
逮捕・勾留は妥当か?
少年事件は本来、身柄拘束が必要な場合であっても、勾留ではなく少年鑑別所での観護措置がとられるのが原則。警察の留置場などでの勾留は、多数の共犯者が関わる複雑で重大な事件で、鑑別所が遠方であるなど「やむを得ない場合」(少年法48条)に限られる。今回の少女の件は、そうした条件に当てはまらない。にもかかわらず、なぜ逮捕・勾留がなされたのか。理由は明らかにされていない。
しかも、本件は否認していると勾留が長引く「人質司法」でもあった。起訴後も勾留が続く成人の事件に比べれば、18日間の身柄拘束は短いように受け取られるかもしれない。だが、思いもよらないことでいきなり逮捕され、自分よりかなり年上の男性取調官から自白を迫られ、事実を話しても受け入れられず、いつ解放されるかも分からないまま、家族とも会えずに1人留置場で寝起きしなければならない体験は、16歳の少女にはあまりに過酷だったのではないか。
被疑者ノートに綴られた少女の思い
被疑者ノートのメモ欄には、その時々の思いが綴られている。
「なにもしてないのに ショックで食べれない」
「早くみんなに会いたいです どうかおねがいします 1日でも早く帰りたいです お母さんにあいたいです」
「ママ早くあいたい こんなむすめでごめんなさい」
「もういやです こんな生活」「何にしてないのに こんなんになるんですか」
萎える自身の気持ちを鼓舞するためか、力強い筆致で「まけません」という書き込みもあった。
被疑者ノートに書き込まれた少女の思い
食べたかった母の味
留置場で食べ物が喉に通らない中、母親の手料理を思い起こしていたのだろう。「ママの食べたいごはん」として「ハンバーグ」「オムライス」「だし巻き」など料理名を列挙し、「全部大好き」と書いた。
被疑者ノートより
奪われた少女の夢
施設の支援者によると、逮捕される前の少女は、とても明るく、作業や催しなどは積極的に仕切り、利用者を巻き込んでいくことが得意だった。歌や踊りが大好きで、利用者と一緒にカラオケに行って盛り上がっていた、という。
しかし、逮捕によって少女の顔から笑みは消え、釈放後も戻ることはなかった。いつまた逮捕されて家族と切り離されるのではないかと、いつもひどく怯え、母親のそばを離れようとしなかった。少しでも母の姿が見えないと、過呼吸状態に陥った。逮捕されたことで、自分はもう施設の仕事はできないのではないか落ち込み、家族にも迷惑が及ぶと心を痛めた。
釈放後も笑顔が戻ることはなく、痩せ細った少女=遺族提供
母が語る娘の素顔
提訴後の記者会見で、母親は娘の様子について、こう語った。
「『私は悪いことをしてないと思う。悪いことをしてないんであれば謝ってもらいたい』と言っていました。それでも、他人のことを悪く言うようなことは一切なく、家族を思い、『私が警察に捕まったことで、家族みんなが犯罪者と思われて本当に申し訳ない』と。そして毎日毎日『ママ大好き』、障害ある方たちについても『大丈夫、大丈夫。みんなのそばにいたい』と、そんなことしか言わない娘でした」
警察は何も説明してくれないまま…
母親は、警察から事の真相を教えてもらえば、娘の心も回復するのではないかと思い、一緒に何度も警察署へ行った。しかし、警察官は「終わったことだ」と言うだけで、何も教えてもらえなかった、という。
いくつかの医療機関を受診し、治療も受けて心身の回復に努めたが、かなわなかった。体調が悪化する中でも、少女は母親と一緒に施設へ行き、利用者たちの手伝いをしようとし続けた。そして昨年12月13日朝、母親の顔を見ながら一粒の涙を流し、意識を失った。救急搬送されたが、翌日心肺停止に。帰らぬ人となった。
「過ちが正される、そんな社会でありますように…」
記者会見で、母親はこう訴えた。
「娘に何が起きて、なぜ逮捕され、勾留され、命を落とすことになったのか。なぜ娘が信じていた優しさや思いやりが十分に届かなかったのか……私は誰かを憎み、傷つけたいのではありません。真実を教えてほしい のです。本日の提訴は、事実を明らかにするためのものです。もし、過ちがあったのであれば、それを認め、正していただきたい です。事実が歪められることなく、正しく向き合う、そんな社会であってほしいと願っています」
「私の人生よりも彼女の人生が、生きて輝いていたことは間違いありません。きっと彼女は警察の方々にも丁寧な対応をしていたと思います。本当にこのようなことがないように、真実を明らかにして、これから生きていく子供たちのためにもきれいな社会であって ほしいです」
摂食症の専門家は…
摂食症の臨床経験が豊富な医師で日本摂食症協会理事長の鈴木眞理・政策研究大学院大学名誉教授は、「こんなことが日本で起きたことに愕然としています」と述べ、警察・検察の問題点を次のように指摘する。
「18日間で体重が10キロ減るということはなかなかありません。よほど受け入れがたいショックがあり、ほとんど飲まず食わずだったのでしょう。やせるスピードが速く、絶対体重が低過ぎ、勾留を停止して緊急入院させるレベル の状態です。顔色も相当悪かったでしょう。警察や検察の方は、異常に気がついていたはずです。自分の子どもがそうなったら、放置したりしませんよね。捜査機関は、被留置者の健康に対して、刑事収容施設法に定められた保護義務を果たしていない と考えます」
メディアの取材に対し、兵庫県警は「訴状が送達されていないことからコメントできない」(神戸新聞)と見解を明らかにせず、神戸地検も同趣旨の理由で何も語っていない。裁判で何らかの主張はするのだろうが、こうした訴訟を起こされない限り、当事者が何の説明も受けられない、という対応は許されないのではないか。警察、検察とも、せめて裁判の中で、誠実に説明責任を果たすことが求められている。
裁判が行われる神戸地裁(筆者撮影)