「憂 国」patriotism
https://www.youtube.com/shorts/zwHNb_D6vwA
子供の時、デンマークの子と文通していました。
その子からの手紙に、三島由紀夫氏の自決と「憂国」についての質問と思いが綴られていました。
デンマークの子供でも三島由紀夫氏の事に興味があったとと云う事ですよ。
われわれは戰後の日本が、經濟的繁榮にうつつを拔かし、國の大本を忘れ、國民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと僞善に陷り、自ら魂の空白狀態へ落ち込んでゆくのを見た。
アメリカに住む日本人の子であっても遊びの場で米国に忠誠の誓いを唱和している。
https://www.youtube.com/watch?v=ulWsTg2PMOE&pp=ugUEEgJqYQ%3D%3D
三島由紀夫 檄文
昭和45.11.25(1970.11.25) 市ヶ谷にて
https://www.youtube.com/shorts/zwHNb_D6vwA
終戦時の朝鮮人
300万余棲みついていた。
その内、朝鮮に帰った者は105万756人だけである。
朝鮮に帰るべき者が朝鮮に帰らず日本に残り、不法滞在朝鮮人となった。
この不法滞在朝鮮人に加え、朝鮮から密入国不法侵入し日本に棲みついたのが50万以上いる。
この「不法滞在朝鮮人と密入国不法侵入朝鮮人」が毎年子を産み続けている。
昭和50年以降から徐々に日本人の振りをしている反日の似非日本人朝鮮血筋者増え
昭和20年以降生まれの朝鮮人2世は、20代から30歳になっていた。
昭和60年(1985年)
企業に入り込んだ似非日本人・朝鮮血筋者は、管理職に就き始めると同胞の朝鮮人・朝鮮血筋者を能力の有無問わず入れ始めていた。
密入国不法侵入し不法滞在朝鮮人の一人
日本に密入国し強制送還されず棲みついて、日本の悪口を言いふらしても日本からお金が貰え稼げる。真の日本人は立ち上がらないといけない。
あいつ等やっている
日本国の総理大臣が、日本人の振りしている反日似非日本人・朝鮮人及びその血筋者が就いていると三島由紀夫氏は知っていただろうか。
知っていても目を瞑っていたのだろうか、それとも「明盲」だったのか・・・。
高市さんによる発言の変遷
— 山田 太郎 (@yama69taro) June 5, 2026
「面識がない」
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「会ったことがない」
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「記録がない」
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「確認できない」
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<<Zoom公開>>
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「文春の有料会員ではない」
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「実は木下秘書は膵臓がんステージ4」 ※今ココ pic.twitter.com/7fCwGwzZeP
自民党の憲法改悪は反日朝鮮組織の統一教会と似非日本人内閣と似非日本人公務員による「憲法改正」と云う改悪。朝鮮人による日本国と日本人を支配する為の憲法改正
三島由紀夫氏が思うところの憲法改正は、真の日本人による自主憲法制定。
檄 楯の會隊長 三島由紀夫(45歳)
われわれ楯の會は、自衞隊によつて育てられ、いはば自衞隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このやうな忘恩的行爲に出たのは何故であるか。かへりみれば、私は四年、學生は三年、隊内で準自衞官としての待遇を受け、一片の打算もない敎育を受け、又われわれも心から自衞隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「眞の日本」をここに夢み、ここでこそ終戰後つひに知らなかつた男の涙を知つた。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂國の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳驅した。このことには一點の疑ひもない。われわれにとつて自衞隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の氣を呼吸できる唯一の場所であつた。敎官、助敎諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなほ、敢てこの擧に出たのは何故であるか。たとへ強辯と云はれようとも、自衞隊を愛するが故であると私は斷言する。
われわれは戰後の日本が、經濟的繁榮にうつつを拔かし、國の大本を忘れ、國民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと僞善に陷り、自ら魂の空白狀態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、權力慾、僞善にのみ捧げられ、國家百年の大計は外國に委ね、敗戰の汚辱は拂拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と傳統を瀆してゆくのを、齒嚙みをしながら見てゐなければならなかつた。われわれは今や自衞隊にのみ、眞の日本、眞の日本人、眞の武士の魂が殘されてゐるのを夢みた。しかも法理論的には、自衞隊は違憲であることは明白であり、國の根本問題である防衞が、御都合主義の法的解釋によつてごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廢の根本原因をなして來てゐるのを見た。もつとも名譽を重んずべき軍が、もつとも惡質の欺瞞の下に放置されて來たのである。自衞隊は敗戰後の國家の不名譽な十字架を負ひつづけて來た。自衞隊は國軍たりえず、建軍の本義を與へられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか與へられず、その忠誠の對象も明確にされなかつた。われわれは戰後のあまりに永い日本の眠りに憤つた。自衞隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衞隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によつて、自衞隊が建軍の本義に立ち、眞の國軍となる日のために、國民として微力の限りを盡すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
四年前、私はひとり志を抱いて自衞隊に入り、その翌年には楯の會を結成した。楯の會の根本理念は、ひとへに自衞隊が目ざめる時、自衞隊を國軍、名譽ある國軍とするために、命を捨てようといふ決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむづかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衞となつて命を捨て、國軍の礎石たらんとした。國體を守るのは軍隊であり、政體を守るのは警察である。政體を警察力を以て守りきれない段階に來て、はじめて軍隊の出動によつて國體が明らかになり、軍は建軍の本義を囘復するであらう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・傳統を守る」ことにしか存在しないのである。國のねじ曲つた大本を正すといふ使命のため、われわれは少數乍ら訓練を受け、挺身しようとしてゐたのである。
しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起つたか。總理訪米前の大詰ともいふべきこのデモは、壓倒的な警察力の下に不發に終つた。その狀況を新宿で見て、私は、「これで憲法は變らない」と痛恨した。その日に何が起つたか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒嚴令にも等しい警察の規制に對する一般民衆の反應を見極め、敢て「憲法改正」といふ火中の栗を拾はずとも、事態を收拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になつた。政府は政體維持のためには、何ら憲法と牴觸しない警察力だけで乘り切る自信を得、國の根本問題に對して頰つかぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて實をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利點を得たのである。名を捨てて、實をとる! 政治家にとつてはそれでよからう。しかし自衞隊にとつては、致命傷であることに、政治家は氣づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる僞善と隱蔽、うれしがらせとごまかしがはじまつた。
銘記せよ! 實はこの昭和四十五年十月二十一日といふ日は、自衞隊にとつては悲劇の日だつた。創立以來二十年に亙つて、憲法改正を待ちこがれてきた自衞隊にとつて、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議會主義政黨を主張する自民黨と共産黨が、非議會主義的方法の可能性を晴れ晴れと拂拭した日だつた。論理的に正に、この日を堺にして、それまで憲法の私生兒であつた自衞隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあらうか。
われわれはこの日以後の自衞隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みてゐたやうに、もし自衞隊に武士の魂が殘つてゐるならば、どうしてこの事態を默視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であらう。男であれば、男の矜りがどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衞隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」といふ屈辱的な命令に對する、男子の聲はきこえては來なかつた。かくなる上は、自らの力を自覺して、國の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかつてゐるのに、自衞隊は聲を奪はれたカナリヤのやうに默つたままだつた。
われわれは悲しみ、怒り、つひには憤激した。諸官は任務を與へられなければ何もできぬといふ。しかし諸官に與へられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは來ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、といふ。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に關する財政上のコントロールである。日本のやうに人事權まで奪はれて去勢され、變節常なき政治家に操られ、黨利黨略に利用されることではない。
この上、政治家のうれしがらせに乘り、より深い自己欺瞞と自己冒瀆の道を歩まうとする自衞隊は魂が腐つたのか。武士の魂はどこへ行つたのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になつて、どこへ行かうとするのか。纎維交渉に當つては自民黨を賣國奴呼ばはりした纖維業者もあつたのに、國家百年の大計にかかはる核停條約は、あたかもかつての五・五・三の不平等條約の再現であることが明らかであるにもかかはらず、抗議して腹を切るジェネラル一人、自衞隊からは出なかつた。
沖繩返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは眞の日本の自主的軍隊が日本の國土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を囘復せねば、左派のいふ如く、自衞隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。
われわれは四年待つた。最後の一年は熱烈に待つた。もう待てぬ。自ら冒瀆する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待たう。共に起つて義のために共に死ぬのだ。日本を日本の眞姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の價値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の價値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主々義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と傳統の國、日本だ。これを骨拔きにしてしまつた憲法に體をぶつけて死ぬ奴はゐないのか。もしゐれば、今からでも共に起ち、共に死なう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、眞の武士として蘇へることを熱望するあまり、この擧に出たのである。
我們,盾會,由自衛隊孕育;從某種意義上說,自衛隊是我們的父親,也是我們的兄弟。為何我們竟做出如此忘恩負義之舉來報答這份恩情?回首往事,我曾在這裡待了四年,學生們也待了三年,在部隊裡享受著準自衛隊軍官般的待遇,接受著毫無私心的教育。我們也曾真心熱愛自衛隊,夢想著一個在部隊之外已不復存在的“真正的日本”,也正是在這裡,我們終於體會到了男人的眼淚,這是戰後我們再也沒有體會過的。我們在這裡流下的汗水是純粹的,我們曾並肩奔跑在富士山的平原上,如同戰友般共享愛國情操。這點毋庸置疑。對我們而言,自衛隊就是我們的祖國,是如今日漸冷漠的日本唯一能讓我們感受到堅定決心的地方。教官和助教們給予我們的愛,是無法估量的。那麼,我為何敢於做出這樣的選擇呢?即便有人會說這是詭辯,我也要說,那是因為我熱愛自衛隊。
我們目睹了戰後日本,它沉迷於經濟繁榮,卻忘了國家的根基,喪失了民族精神,只顧表面功夫而不顧根本,沉溺於權宜之計和謊言,最終陷入精神空虛。政治只顧掩蓋矛盾、自保、貪婪和虛偽;國家的長遠規劃被委託給外國;戰敗的污點沒有被抹去,只是被粉飾太平;我們眼睜睜地看著日本人自己玷污自己的歷史和傳統,心中痛苦萬分。我們曾幻想,只有在自衛隊中才能找到日本的真正精神、真正的日本人、真正的武士精神。然而,從法律角度來看,自衛隊顯然違憲。我們看到,國家防衛這一根本問題被各種權宜之計的法律解釋所掩蓋,最終淪為一支沒有軍隊名稱的軍隊,成為日本精神腐化和道德淪喪的根源。本應最重視榮譽的軍隊,卻被置於最卑劣的欺騙之下。戰敗後,自衛隊繼續背負國家的恥辱十字架。自衛隊無法成為一支真正的軍隊,沒有被賦予其成立的真正目的,僅僅被賦予了龐大的警察部隊的地位,其效忠的對像也模糊不清。我們對日本戰後過長的沉睡感到憤慨。我們堅信,自衛隊覺醒之時,日本也將隨之覺醒。我們堅信,除非自衛隊主動覺醒,否則沉睡的日本將永不甦醒。我們堅信,身為公民,我們肩負著莫大的責任,無論多麼微小,都應竭盡全力,確保自衛隊能夠堅守建軍的真正宗旨,並透過修憲成為一支真正的國民軍隊。四年前,我懷抱著一個共同的夢想加入了自衛隊,並在隔年成立了「盾會」。 「盾會」的根本宗旨,便是決心在自衛隊覺醒之時,為之獻出生命,將其打造成為一支真正意義上的國民軍隊,一支值得尊敬的國民軍隊。由於在議會制下修憲已不再可能,維護公共秩序的部署是唯一的良機,我們決心作為這場部署的先鋒,獻出生命,成為國民軍隊的基石。軍隊保護國家政體,警察保護政治體制。只有當警察無法再保護政治體制時,國家政體才會透過軍隊的部署得以展現,軍隊也會重新發現其最初的使命。日本軍隊的最初使命僅僅在於「保護以天皇為中心的日本歷史、文化和傳統」。我們雖然人數不多,卻接受過訓練,並且做好了準備,致力於糾正我們國家的根本扭曲。
然而,1969年10月21日發生了什麼事?這場示威遊行,可以被視為首相訪美前夕的高潮,最終卻在壓倒性的警察力量下以失敗告終。目睹新宿的這一幕,我不禁感嘆:「這意味著憲法不會改變。」那天究竟發生了什麼事?政府評估了極左派勢力的實力,評估了公眾對近乎戒嚴的警察限制措施的反應,並確信無需觸碰「憲法修正」這個棘手的問題就能解決問題。因此,政府認為無需幹預公共秩序。政府確信,僅憑不違反憲法的警察力量就能維持其政治體制,並且可以繼續無視國家的根本問題。這使得政府得以繼續以維護憲法為誘餌收買左翼勢力,鞏固其重實質輕名望的策略,並公開宣稱支持憲法。重實質輕名望!這對政客來說或許無可厚非。然而,政客不可能意識不到,這對自衛隊而言是致命一擊。於是,欺騙和隱瞞、奉承和欺騙再次上演,而且比以往更加肆無忌憚。
記住這一點!事實上,1970年10月21日對自衛隊而言是悲劇的一天。對於自成立二十年來一直渴望修憲的自民黨(全印自衛隊)來說,這一天標誌著他們希望的徹底破滅。修憲被從他們的政治綱領中移除,而主張議會政治的自民黨和共產黨則明確否決了非議會途徑的可能性。從邏輯上講,這一天標誌著一個轉折點;此前被視為憲法「非法產物」的全印自衛隊,如今被承認為「致力於保衛憲法的軍事力量」。還有比這更大的悖論嗎?
從那天起,我們密切關注著全印自衛隊的一舉一動。如果我們曾經夢想的武士精神依然存在於全印自衛隊之中,那麼面對這種情況,他們又怎麼能保持沉默?捍衛否定自身的東西,這本身就是多麼自相矛盾的邏輯!如果你是男人,你的自尊怎麼能容忍這種事?即便歷經無數磨難,當必須捍衛的最後一道防線被突破時,一個男人,一個武士,必須堅決挺身而出。我們仔細聆聽。然而,在自衛隊中,我們卻聽不到任何男人反對這屈辱的命令──「捍衛一部否定我們的憲法」。即便我們明知除了正視自身實力、糾正國家邏輯的扭曲之外別無他法,自衛隊卻依然沉默不語,如同被扼殺的金絲雀。
我們感到悲傷、憤怒,最終義憤填膺。官員說,除非接到任務,否則他們什麼都做不了。但可悲的是,最終下達給他們的任務,卻從未來自日本。人們常說,文官統治才是民主軍隊的真正形式。然而,英美兩國的文官統治,不過是對軍事行政的財政控制罷了。這與日本的情況截然不同。在日本,人事權力被剝奪,軍隊形同虛設,淪為反覆無常的政客的傀儡,淪為黨派利益和戰略的工具。
此外,自衛隊的靈魂是否已被政客的奉承所腐蝕,走上了一條自我欺騙和自我褻瀆的道路?武士精神何在?如今他們已淪為一支冷酷無情的武士大軍,又將何去何從?在紡織品談判期間,一些紡織企業稱自民黨為叛徒,然而,關乎國家長遠規劃的核禁條約,顯然是對過去不平等的「5-5-3」條約的拙劣模仿。儘管如此,自衛隊中竟無一人抗議或自殺。
沖繩的回歸究竟意味著什麼?保衛本土的責任又該如何承擔?顯而易見,美國不希望日本擁有一支真正獨立的軍隊來保衛領土。如果自治權不能像左派所說的那樣在未來兩年內恢復,自衛隊將永遠淪為美國的傭兵。
我們已經等了四年。過去一年,我們熱切期盼。我們不能再等了。我們不能再等那些褻瀆神明的人。但讓我們再等三十分鐘,最後的三十分鐘。讓我們為了正義而並肩起立,為正義而死。讓我們恢復日本的真正面貌,並在那裡犧牲。如果只有生命才被珍視,那麼靈魂的消亡是否可以接受?如果軍隊中沒有比生命更重要的東西,那它又算什麼軍隊?現在,我們將向你們展示比尊重生命更重要的東西在哪裡。它既不是自由,也不是民主。它是日本。我們摯愛的、擁有歷史和傳統的國家—日本。難道沒有人願意為了這套剝奪了我們一切權利的憲法而獻出生命嗎?如果有,讓我們現在並肩起立,為正義而死。我們奮起反抗,是因為我們真心希望你們這些有純潔靈魂的人能夠復活,成為真正的戰士。
https://youtu.be/ZLW8JbrveeI
高早苗ら朝鮮人の反日売国の事をブログに投稿すると、アクセス数が10前後に激減される。1/200から1/300に
https://www.youtube.com/watch?v=a8mPVvXYkUg
楯の会
一、
夏は稲妻冬は霜富士山麓に鍛え来し
若きつはものこれにありわれらが武器は大和魂
とぎすましたる刃こそ晴朗の日の空の色
雄々しく進め楯の会
二、
憂いは隠し夢は秘め品下りし世に眉上げて
男とあれば祖國を蝕む敵を座視せんや
やまとごころを人問はば青年の血の燃ゆる色
凛々しく進め楯の会
三、
兜のしるし楯ぞ我すめらみくにを守らんと
嵐の夜に逆らひて蘇えりたる若武者の
頬にひらめく曙は正大の気の旗の色
堂々進め楯の会
https://www.youtube.com/watch?v=55mWdHjqrnc&pp=0gcJCTkLAYcqIYzv
憂国
青年日本の歌
芋ねぇちゃんと呼ばれても
支那China狂産党漢族と南朝鮮・韓の者(日本人の振りをしている似非日本人・朝鮮血筋の者含む)にはご注意ください
https://www.youtube.com/watch?v=zWIIz0kxdAM&pp=ugUEEgJqYQ%3D%3D
https://www.youtube.com/watch?v=xaegv_bWoyE&pp=ugUEEgJqYQ%3D%3D
飛行機に乗って来る自称「難民」
陸続きの隣に逃れる者たちで貧民・困窮民なら多少は理解するが、金を持っている者なら隣に逃れても生活にも困らないだろう。
飛行機に乗ってでも、地球の反対側となる遥遠方の日本に来るのは甘い汁が吸え続けるからなのです。
密入国不法侵入し日本に棲みついた不法滞在朝鮮人ニダ。戦後から今まで日本に密入国不法侵入し棲みついた朝鮮人を強制送還しない行政府には朝鮮人の同胞が議員や公務員に多く居るからです。
内閣自体が「日本人の振りをしている反日売国の似非日本人・朝鮮血筋者」たちだからね。
https://www.youtube.com/shorts/tnWpOY8X3gw
https://www.youtube.com/shorts/kwUQZr9_ccU















