寿と板垣退助の会話 選挙前日に・・・ | あなた詩人のブログ

あなた詩人のブログ

ブログの説明を入力します。

あなた詩人 寿 と 板垣退助さん の会話です。
多くの人に転送おねがいしますーーーー!!!
 
_________________________

寿 
明日は選挙ですね。

退助
そうじゃな。

寿
板垣退助さんですね。
「板垣死すとも自由は死せず」と言った人ですか?

退助
あー、あのセリフな。我ながらいい事ゆうたのう。
あん時はわしゃ岐阜で「自由民権運動」の演説してたんじゃがのう、
いきなり刺されっしもうて、「あーこれで死んだな」と思って、
とっさにあんな事を言うたんじゃ。
(注・・・・このセリフは板垣の秘書が言った、という説もある)

寿
自由民権運動ってなんですか?

退助
自由民権運動か・・・・
これはつまり国民の選挙によって議会をつくって
みんなが自由に政治に参加できるようにしよう、
という運動のことじゃの。

寿
今まで選挙ってなかったんですか?

退助
なかった。
明治維新があって、王政復古の大号令というやつで、
政治のシステムが平安時代に逆戻りしちょったんじゃ。
ただ平安時代と違うのは、
「お公家はん」だけでなく、
「薩長(土肥)の貧乏武士」が主に政治をしてた、という事かのう。

寿
そうですかー?
つまり明治維新で手柄のあった人たちだけが政治をして、
国民はおいてきぼりにされてたわけですね?

退助
そういうことだ。
だからわしゃあ「これではアカン!」ということで、
後藤、江藤、副島らと一緒に
「議会をつくれ!」という意見を明治7年に政府に出した。
これが自由民権運動の始まり、とされておる

寿
明治7年・・・「征韓論」とかあったような・・・

退助
その通り。
ワシらはその「征韓論」を支持しとったんじゃが、
破れたので西郷隆盛らとともに、
それぞれ故郷に帰っとったんじゃ。

寿
そして西郷さんは武力で政府と戦って死んだけど、
板垣さんは「自由民権運動」で政府と戦ったわけですね?

退助
その通り。
西郷がやったように、武力で訴えては政府にかなわん。
じゃから、わしらはペンの力、
言論の力で政府を変える事にしたんじゃ。

寿
ペンは剣より強し・・・

退助
明治18年に内閣ができ、
22年には憲法、
そして23年総選挙があり、議会が開かれた。
これで一応、目的は果たしたのじゃ。

寿
じゃあその時点で自由民権運動は終わったんですか?

退助
いやいや。
議会といっても選挙で選ばれたのは衆議院議員だけじゃし、
その選挙にしても
税金15円以上をおさめとる25歳以上の男子に限られとったから、
国民の1パーセントにしか選挙権がなかったのじゃよ。

寿
じゃあまだ運動は続くんですか?

退助
政党政治として続くんじゃ。
つまり、
今度は議会の中で薩長の政府を攻撃していく事になるんじゃ

寿
つまり政府と議会(政党)が意見を戦わせていく
ようになるわけですね。
何だか平成の時代の政治のしくみに近付いてるみたいですね!!

退助
歴史の流れはそういうもんじゃ。

寿
だけど国民の1%しか選挙権がなければ、残り99%の人は、選挙権がないわけですよね。
選挙権のない人は投票したくてもできなかったんですね。

退助
そうじゃ。

寿
選挙権は参政権の一つですから、選挙に行くことによって政治に参加していると考えたほうがいいですね。

退助
今の日本国民は選挙にいかない人が多いのう。
それでいて、国がわるい、会社がわるい、景気がわるい、かみさんがわるい、だんながわるい・・・文句だけはいっちょまえだわい。
わしらが命がけで、自由を勝ち取ったように・・・
まあ そこまでせんでも、みんなの一票が政治に参加しているという意識をもって、投票率をあげることじゃの?

寿
動けば変わる・・・?

退助
???

寿
今は、国民の20歳以上は選挙権があるわけですしね。

退助
わしらのころのように 一定の税金を納めないと選挙権がもらえない時代とくらべてみい!
選挙権があるということは、すごく幸せなことじゃろ!

寿
そうですね。
板垣退助様 今の選挙の礎を築いてくださりありがとうございます。


退助
「板垣死すとも自由は死せず」
明日は選挙にいってこい。
わしとの会話を・・・多くの人に転送してやれい。

寿
イエッサー!