二度といきたくない国!ネパール!!その1
海外旅行は大好きなわたしが、二度と行きたくない国。
それがネパールでした。
昨年、2008年3月、ネパールのチベット文化圏に住むチベット僧の方々のとなえるマントラを収録する、というのが渡航の目的。
日中はホテルに缶詰めで、一番したっぱのワタシは、スタッフの方へのモーニングコールや、機材運び・・・。お会社の経費で、カトマンズで一番よいホテルに滞在させていただいたのことは、本当にありがたかったけど、あの高い塀を一歩でると、ホントのネパールが、ワタシをまちうけていたのだ~っ!!
早朝の収録でゴンパ(寺院)へいくときなど、底なし沼のような道を、ぐちゃぐちゃになりながら靴をだめにしたり(泣)
トイレはどこも汚すぎて、ろうそくの光をたよりに中腰にかがみながら用を足すのが当たり前。
昨年の3月は、ちょうど政権交代で、大きな拳銃をかまえる軍隊があふれる、まるで戦時中のような街の中で何度もタクシーをおろされ、恐怖におののきながらお弁当をピックアップしにいったり、
ガイドブックにのっているレストランでさえ、食べたら、下痢と吐き気がとまらない。滞在中の1週間、熱がさがらず、ずっと、バファリンをかじりながらの業務でした。
ぼり、ぼり、ぼり。
信じられない。
最悪・・・。
このまま死んだら、どうしよう。
(気弱なワタシ、でも、そのときは、ホントにそうおもいました。苦笑)
ネパールなんか、二度とくるもんか。
毎晩、天井にむかって、本気で、そうつぶやいていました。
昨年は・・・。
でも、
わたしたちスタッフに会いにきてくれたチベット僧のみなさん、尼僧のみなさんには、どうしても、もう一度、お会いしたかった。
治安不安定の中、多くの僧侶が、ポリスマンに連行されていた時期であるにもかかわらず、すべてを受け入れるような笑顔で、
『お会いする、お約束をしましたから(にこっ)』
・・・え?
『行きは、ポリスマンにこん棒で車をとめられちゃったから、帰りは、裏道を歩いてかえるよ。』
こんな危険なこと、私には、絶対に、できない。
この方たちは、どうして、笑顔で、そんなこというのだろう・・・?
帰国日、とうとう、歩けなくなった私は、
それでも、午前中、最後の買い付けの仕事をしていました。
下痢がとまらず、みぞおちの痛みで、前屈みで歩いていた私に、
『みんなからの祈りをこめて、熱と腹痛がとれますように』
と手作りのお数珠のようなブレスレットをくれた、尼僧さん。
病院へ連れていってくれた彼女は、待ち時間中、
チベット語のわからない私の手を、ずっと握っていてくれました。
気弱になっているところ、それが、どんなに、心強かったことか。
あなたに、会いたかった。
どうしても。
もういちど。
会って、
ありがとう、って、ちゃんと伝えたかった。
ブログサイカイ(^^)
毎朝、新聞は、1面の【編集手帳】から読むのがすきです。
今朝の読売新聞【編集手帳】には、こんなことが書いてありました。
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寺山修司の詩文集『思い出さないで』の中に、
時計の一節がある。
時計の針が、
前にすすむと「時間」になります。
後にすすむと「思い出」になります。
(10月23日金曜日 読売新聞朝刊「編集手帳」一部抜粋
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ワタシの時計は、
動いている。
今は、ちょっと、ゆっくりだけど。
記憶が霞む前に、
綴りたいことがある。
いっぱいある。
そんな気持ちにさせてくれた新聞に感謝して
久しぶりに、
ブログと再会。
再開だっ!
ヴィパサナ瞑想センター イン カトマンドウゥ~!
ソウル経由で、カトマンズに入り、
そのまま、ヴィパサナ瞑想センター10日間コースに参加してきました。
ネパールイングリッシュ、聞き取れないままの参戦(笑)に
最初は、まったく、何を、お話されていらっしゃるのか
ホントにわからなかったぁぁぁ・・・。
カトマンズの郊外にあるこのセンターは、
車で約1時間、カタカタとゆられ、山の上の方にあります。
みあげると、すぐ、そこに、山があり、雲があり、空があり、星があふれ・・・。
いろいろな想いがあるれてきます。
6月25日(木)今朝、無事、10日間の沈黙と、プチ断食?と、瞑想の
修行がおわりました。
写真は、もちろん、ノートも持ち込めないので
これから、少しずつ、自分の記憶をたどって
1日1日を、自分がどうすごしたか、
綴っていけたら、とおもいます。
14時20分、曇りのち、はれ。
Be HAPPY !
LOVE ちずこ