皆さま
いかがお過ごしですか
私 ぱいなっぷりん
ブログを しばらく更新してないな~
と 気にはなっていたんだけど
気づいたら
な な なんと!
前回の更新から
2ヶ月近く 経っていました
梅が 満開になっていました
桜も そろそろ咲きそうです
ヤバすぎる
その間
いったい 私は
何をしていたんだろう
振り返っても
ほとんど 何も思い出せない
恐らく
日々の介護と 雑用に追われ
思考停止状態で
日々のルーティンを こなしていたような
自分がやりたくて 始めた
このブログ
その 貴重な
アイデンティティの発露の 機会を
自ら 放棄しちゃって
いったい どうした?
自分
最近
時々 考える
思い返せば
私は 海外で
なかなかハードな
ワンオペ育児をしてきたつもり
なんだけど
現在進行形の ワンオペ介護は
その時よりも 大変だ
少なくとも 今の私には
そう 思える
だって
認知症母は
子どもより 大きいし
重いし
でも 脆いし
常識や理屈が通じないのは
子どもも 同じだけど
母を介護してても
日々の苦労の先に
希望が 見えない
この違いは 大きい
そして 何より
最大の違いは
これらのハードワークに 耐え得るほど
私は
もはや 若くない
…な~んてことを
書き連ね始めるあたり
いよいよ
私のワンオペ介護も 限界かも
…なんてね
先日
デイホームのない日
母は
朝から 窓際に陣取って
今日は 太陽が さんさんと照って
いい天気ね~
外は 気持ちよさそうね~
と 窓を開け
風を顔に当てながら
女優風に
室内にいる私を 振り返って
ひとりごちていた
ま つまり それって
お散歩に連れてけ
ってことなんだけどね
そういうわけで
私は
母を 車椅子に乗せて
川沿いに 住宅街を歩く
いつものコースを
お散歩していた
しばらくして
今は マンションになっている
かつて ハネちゃんが住んでいた
アパートがあった 場所に
差し掛かった
私は
母に 聞いてみた
おかあさん
ここ 昔
何が建ってたか 覚えてる?
母は この日
大分 頭がくるくるで
言葉が出ず
私の質問を
華麗にスルーした
忘れちゃった?
ハネちゃんだよ
福島出身の やさしいおじさんだよ
母
再度 華麗にスルー
でも 私は 言い続けた
そっかあ…
まあ いいや
私が覚えてるから
だって
どうしたって 忘れられない
忘れっぽい私でも
この道を通る度に 思い出す
3月11日が来る度に 思い出す
シャイで やさしくて
全然イケてないけど
誰よりもきれいな心根だった
ハネちゃんのこと
皆 それぞれに
それぞれの3月11日が
あると思うけど
あの日
東京の家にいて
特段 物が落ちて 怪我した
といったことも なかった私は
被災者では ない
でも
あの日
震源地近くで
何が 起こったか
何が 間違っていたのか
これから どうすればいいのか
考えるのは 大切なこと
私は
ハネちゃんとの思い出を 通して
あの日のことに 思いを寄せる
前回のブログに コメントを下さった
皆さま
未だ お返事を返せていません
ごめんなさい
望外の数のコメントに
望外のお褒めの言葉が 書かれていて
私 ぱいなっぷりん
少々 シャイなので
褒められると
どう言葉を返せばいいか わからず
固まってしまう タイプです
とてもとても 皆さまそれぞれに
気の利いたお返事ができる 国語力を
持ち合わせていないので
前回のコメントに関しては
この場を借りて
まとめて お返事させていただきます
メンタルやられがちな
介護の日々の中で
ある日
元気が出る出来事が 起こって
それがうれしくて
皆さまと シェアしたら
またまた
うれしい言葉を たくさんいただけて
「まるで わらしべ長者」の話が
まさか 続くなんて!
ほんとうに うれしかったです
ありがとうございました
そして
これからも よろしく


