すっかり

ご無沙汰してしまいました

 

 

最近

時間の経つのが 早くて

 

ちょっと ブログ 描いてないなあ

 

な~んて思って 日にちを見ると

もう3週間も 経っていたのね

 

 

おかしいなあ

 

自分の中では

5日くらいの感じだったのに

 

 

もしかして 

宇宙人に 拉致されてたか

自分

 

 

 

 

新しい経験で 溢れた

刺激的な時間

 

というのは

ゆっくり流れる という

 

だから

子どもの頃の 時間の流れは

とてつもなく 遅いし

 

 

大人になっても

 

例えば

非日常を過ごす

旅行中の 時間は

ゆっくり流れる感じがする

 

 

 

私の 今の生活は

コロナ禍のせいもあって

 

家事や介護のルーティンを

こなすだけの

 

刺激なんて 微塵もない日々

 

当然

時は 高速で過ぎ去る

 

 

3週間が 5日に

感じられるくらい

 

私の 「時間」という名の水は

蛇口全開で ダダ漏れ状態

 

 

 

そんな中

 

私にとっては

久しぶりに ちょっとした

非日常のイベントがあった

 

 

浴室工事中 ずっと

お風呂をお世話になった

叔母さん夫婦を ご招待して

 

母の部屋の

お披露目会を したのだ

 

 

叔母夫婦は

 

手すりや バリアフリーの床など

母の利便性を最優先にした

今回のリフォームを 見ながら

 

私へのリップサービスも あるだろう

 

〇〇ちゃんは やさしいわねえ

おかあさんのために こんな工事して

 

お姉さん 幸せねえ

 

などと 言ってくれるんだけど

 

 

その言葉に

 

まあね~

 

と 曖昧に応えていた

母が

 

私が その場を離れた 途端

大きなささやき声(!)で

 

本人は 耳が悪いので

まさか 私に聞こえている とは

思ってないんだろうけれど

 

ささやいたのだった

 

 

でもねえ

いずれは 自分の部屋になる

ってことも

思ってるはずよ

 

とか

 

食費とか 住居費とか

あの娘も 助かってるはずだし

 

等など

 

 

それ

ぜ~んぶ 聞こえてるし

 

ムッとしながら 思う

 

そんな言い方 されたら

私だって

言いたいことは

てんこ盛り あるわよ

 

ポケットを叩けば

ビスケットを出すように

いくらでも 出てくるんだから

 

 

でも

 

と そこで

理性的な私が 顔を出す

 

 90歳 認知症母と

同じ土俵に立ってもね

 

それに

険悪な雰囲気になって

叔母たちに 気を遣わせるの

大人げないしね

 

 

私は

喉まで溢れそうな 言葉を

ぐっ と飲み込んで

 

何も聞こえなかったように

振る舞った

 

 

 

だけど

その後

 

その時のことを 思い出す度に

怒りが湧いてきて

気持ちが どうにも治まらなかった

 

 

もし 母がいなくなったら

 

そりゃ

お風呂も トイレも 隣りにある

一番便利で居心地いい その部屋を

空けておくのはもったいないもの

 

私が 使うようになるかもね

 

 

食費とか 住居費のことについては

 

そりゃ

助かってる部分も あるけれど

 

そういうことを言い出したら

 

じゃあ 私が全面的に担っている

日々の介護は

お金にしたら おいくら万円?


と言いたくなる

 

 

ああ ホラ もう

こういった言葉を 文字にした途端

PCの画面から

殺伐としたムードが 立ち昇る

 

 

 

世の中には

 

ウソではないけど

口に出したらおしまいな言葉 が

ある

 

 

ひとは 生きていれば

醜い感情や 打算 計算と

無縁ではいられない

 

それは それ

 

 

人間は そういう生き物

 

ということを 先ずは認めた上で

 

 

それに 小綺麗なカバーをかけて

直接は 見えないようにして

 

カバーの下にあるものを

意識しつつも

そのことには 触れない

 

 

それは

心遣い というもので

 

社会の中で お互い

気持ちよく暮らしていく上での

知恵じゃないのかな

 

 

 

でも

母は認知症

 

心遣いとか

知恵とか

そんなものは とうに捨て去り

 

感情の赴くままに 言葉を吐く

 

ずるいよね 認知症

 

 

 

 

そんな感情が

頭の中で ぐるぐると渦巻いていた時

 

友人 Aちゃんから

電話をもらった

 

 

そのタイミングは

Aちゃんにとって まさに

 

飛んで火に入る 夏の虫

 

 

 

私は 溜まっていた感情を

 

ぶぐわ~っ

 

と 吐き出しまくった

 

 

 

ずっと 黙って聞いてくれていた

Aちゃんは

私の言葉が止まったのを

見計らって

 

 

でもさ

ちょっとした 見栄とかで

身内を卑下したりすることって

あるよね

 

特に 昔のひとはさ

  

ポツリと そう言った

 

 

 私にとって

その言葉は

ちょっと 目ウロコだった

 

そういえば

ほんの数十年前まで

日本語には

 

愚妻 荊妻 愚女

愚息 豚息 豚児…

 

な~んていう謙遜語が あったっけ

 

今の感覚からすると

完全に アウトな言葉だけど

 

でも 母は

確かに そういう時代を

生きてきたんだよね

 

 

Aちゃんは 言葉を続けて

 

お母さまも

叔母さんに対する

見栄とか プライドとか

 

そんなものがあって

 

つい 心にもないことを

言っちゃったんじゃないのかな

 

 

そんな 俯瞰した目で

母の気持ちを想像する なんて

発想にもなかった

 

Aちゃんの言葉に

私の気持ちは

ちょっと 落ち着いた

 

 

Aちゃん

ありがとう

 

 

ちょっと

心の余裕を なくしてたかも

 

 

決して

忘れていたわけじゃないんだけど

 

母と過ごす日々の中で

疲れたり 傷ついたり

心がすり減ることが

あって

少し 見えなくなっていた

 

でも

 

これは

絶対 確かなこと

 

 

母は

私にとって

大切な ひと