最近は 家庭でも

2連のトイレットペーパーホルダーが

増えてきているけど

 

 

20年前

私が 育児に奮闘していた 頃

 

そんなものは なかった

 

 

だから

トレペを 最後に使いきった人が

次の人のために

新しいトレペを 入れる

 

それは マナーだった

 

 

だから 我が家にも

そういう 暗黙のルールが あった

 

あったハズだったんだけど…

 

 

 

当時は 今みたいに

ワンタッチで入れ替えられる

簡単なホルダーは なく

 

芯に通す棒を 取り外して

ペーパーを入れてから また ハメる

という

ちょっとした手間が 必要だった

 

それって

めんどくさい

 

だから あわよくば ズルして

他力本願

 

 

その頃 子どもは

幼稚園や小学校低学年くらい

 

毎回 注意して 教えて

 

彼らは 発展途上だから

それが出来なくても

しかたがない と思えた

 

でも

 

夫が 出来ない

ってのは 話が 別

 

 

トイレットペーパーが きれた時

 

なぜ 新しいのを入れないか

よく 夫婦ゲンカ したもんだ

 

 

でも

このケンカ

 

やる前から 私の負けだった

 

 

だって こっちは

オンナだし

 

家にいる時間が 長いし

 

ということは

家で トレペを使う機会は

私のほうが 圧倒的に 多いワケで

 

ということは

意地を張って

トレペがきれたままで 困るのは

ほぼ 私で

 

結局 イライラしながらも

私が トレペを入れるしかない

 

 

 

ある時

トレペを入れ終わった 後

 

いつものように

最初の人が使いやすいように

端の部分を 探していて

 

トレペを 逆に入れてしまったことに

気がついた 私

 

 

その時 ある記憶が甦った

 

とある雑誌で

 

トレペを入れる向きが

住む国や 地方によって

上から出てくる 入れ方と

下から出てくる 入れ方をする

両方ある

 

という記事を 見たことを

 

 

そうか

だったら このままでも いいよね

入れ直すのも 面倒くさいし

 

そう 思って

そのまま 放置した

 

 

だいたい 子育て中ってのは

常に 時間に追われている

 

マナー とか

好み とか

センス とか

そんなこと 言っていられる余裕は

ない

 

行動の 是か非かの基準は いつも

 

大きな問題がなければ

それで GO

 

という 消去法的判断しか ない

 

 

 

 

その夜

 

トイレから出てきた夫が 言った

 

トイレットペーパー

逆に入っていたよ

 

 

私は

 

ふーん

 

とだけ言って スルーした

 

 

後から トイレに入ったら

ペーパーは

普通の入れ方に 直されていた

 

 

 

後日

トレペを替えた時 私は

またまた 逆に入れてしまった

 

だけど

本当に どうだっていいことなので

その時も 放置した

 

 

だけど 夫は

再度 言ってきた

 

オレ こういうの

絶対 イヤなんだよね

 

 

私は 言った

 

絶対イヤなものは

自分の好きなように 替えていいよ

 

ご飯のよそい方だって

 

廊下に飾る絵だって

どうぞ お好きに

 

私は そんなこと

全然 こだわってないから

 

こだわりたくても

こだわる余裕なんて

今 ないし

 

自分の好みで どんどん決めて

私の仕事 減らしてくれたほうが

絶対 うれしいし

 

 

 この   軽そうに言った   言葉が

私の本心だ   って

あの時

彼には   通じたのかな

 

 

 

 

 

 

 

子どもが生まれる 前

 

DINKS

という言葉が 使われ始めた

1990年前後

 

私は マンガ家として

けっこう 忙しくしていて

 

夫も

「JAPAN AS NUMBER ONE」

という本が 流行ったあと すぐ

日本人であることを 最大限 活かして

アメリカで仕事を始め

順風満帆だった

 

 

ふたりして

 

心地いい とか

自分色 とか

こだわり とか

 

そんな言葉を

周りに散りばめて 暮らしていた

 

 

自分たちが満足すれば

それが 幸せで

 

自分のことしか 見ていなかった

あの頃

 

子どもだったよね

 

 

 

だけど

赤ちゃんが生まれて

 

私は

彼より 一足 先に

大人になってしまった

 

 

だって

自分の体から 生まれた子どもは

無条件で 可愛かったから

 

私が守らなきゃ と 思ったから

 

 

傍観者の夫は

そこで 遅れを取った

 

いくら ラマーズクラスに

一緒に出て

 

いくら 一緒に

ヒーフーハーフーやってても

 

子どもを

お腹の中で10ヶ月間 育み

 

産みの苦しみを 身体で感じたのは

私だけだったから

 

 

それでも

生まれた赤ちゃんを 目の前にして

劇的に変わる 男の人も

いっぱい いたんだけどね

 

 

私の夫は

そこで 変われなかったんだよね

 

たぶん

 

 

だから

 

夫との その後の日々にも

トレペの話と

似たり寄ったりのエピソードが

 満載なワケで

 

ってか

 

もっともっと 調子に乗った

進化形エピソードも

次々あるワケで

 

敢えて ここには 書かないけどさ

 

 

 

 

ホント

 

今でも

トレペを替える度に 思う

 

よく ここまで 私 

人生諦めずに 生きてきた

 

子どもを 無事に 育て上げた

 

 

 

アラカンにもなると

こういうトリガーが

生活の中の いたるところに存在してて

 

まるで 地雷

 

 

 踏むたびに

走馬灯のように

その時のことが   思い出され

 

腹が立ったり   悲しくなったり

心が   苦しくなったり

 

 

 

老後

という言葉には

穏やかなイメージを   持ってたけど

 

いやいや

なかなか 安穏には

暮らせないかも