三次元において
自分と他人との違いを
摩擦しながら感じて
「自分」を知り
「自分」と「他人」は
違うと知りながら
それでも
同じだということを
抽象度という縦軸を
見いだすことで知り
「違い」と「同じ」を
含む原点を知ったとき
錯覚が立ち上がっていたこと。
それらは一つだったこと。
を知り
その後
その一つさえも
数えることすらできない
位置もあると
不可知ではあるが
感じたとしたら。
そこから
「自分」と「自分以外」
という世界には
ある種の独自プログラムが
あることが見えてくる。
もしも、使命というものが
あるのだとすれば、それは
プログラムをより豊かな彩りで
実行することなのかもしれない。
