選択肢を眺める時は
どちらにも肩入れせず
かといって
どちらも軽視せず
可能性を可能性のまま
丁寧に眺めるのです。
じっと丁寧に眺めていると
その時の場面によりそう
自然な選択肢が
浮かび上がってくる。こともある。
とはいえ
エイや!と決めることが
自然だ。ということもある。
何を大切にするかによって
より良い選択は変わります。
何を大切にすれば良いのか
わからない時は
混乱という澱が静まるまで
静かに眺めてみるのもイイですし。
混乱の中ナニカを掴み
澱を洗い流し
それが大切なものなのか?を
判断してもイイのです。
可能性という選択肢が
重なったところからみれば、
どちらにしろもう
決まっている。ということです。
決まっている。からといって
選択か逃れることはできない。
というのが三次元の素敵で嫌なところ。
と、いうことです(笑)
