そういえば、今年の冬。


仕事から帰ってきたら、新しいテープレコーダーが机の上に置いてあった。

どうしたの?と聞くと、弟がおとうさんに珍しくプレゼントしてくれたらしい。

他に、スケッチブックと鉛筆削りも一緒に。

よほど嬉しかったらしい。

よかったね と私。


「それに比べて、SAYOは何にもしてくれない」

・・は??と、思わず聞き返した。

「何にもおとうさんのために、してくれない」ちょっと怒り口調。

おいおい、たかが4000円くらいじゃないの?

それに比べて、わたしは!!!

みるみる私の感情は、波だっていき、大波となり大洪水へと変わっていった。

いわゆる キレた(笑

「何で~~っ!!」と言葉にもならずに、涙が止まらなくなって、もうブレーキがきかずにまかせた。

部屋で、わんわんと泣き叫んでしまった。


弟は、たいして何も手を貸さずにいる事をずっと不満に感じていた。

そんな 弟と比べて「何もしてくれない」なんて!

どれほど私が我慢してきたか!

どれほど私が!

私が~~~~っ!!

涙が湧いてでてきてた。我ながら、こんなに泣けるとは。

泣き叫ぶ私の部屋に、おとうさんが心配して謝りに来る。

「冗談なのに・・ごめんね」

「うるさいっ~~~」(もう自分で止められないからほっといて。)


そのうち

「ここまで泣く程、私って、我慢したのかなあ。ほんとに?」

「おいおい」って自分でツッコミ入れながら。


いつの間にか、小さい子供のSAYOにすり替わってた。

「弟と比べられて嫌だった。お姉ちゃん頑張ったのにい~。」ってそれだけ。

ぜ~んぶ幼い頃の私の雄叫びでしかない。

それでも、この夜から一週間、わたしは家族と距離を置いた。

ってか、子供じみているけれど何だか怒りが収まらなかった。もう、まかせてみた。

一週間して、なんだかどうでもよくなっていた。



多分、親の介護って、自分の子供の頃の痛みとか、

理由の解らない深くに置いてあった感情とかを、一緒に見つめる事になる。

そこを見つめながらも同時に、日々、身体機能や記憶が衰えていく親を、見つめる。

自分のキズの原因(正確に言えば「キズと思いこんでいる」)になった人の面倒を見るって、
かなりイタい。

だから、自分と向き合う事が怖くて親の介護を放棄してしまう人達の気持ちも、解る。

他人は知らないから色々言うだろうし、本人も気づいてないままもあるだろうね。

目をそらしたい気持ちってある。


とにかく、この一件のおかげで、私の中の子供を解放してあげれた。

そして。

今まで、おとうさんの事を何とかせねば!と頑張ってたけど、もう止めなくちゃいけない時だった。

「おとうさんのために、家族のために」って、できない事の言い訳にしてた。

私が、おとうさんの手を離せなかったんだ、って気づいた。

いつまでたっても離せないから、おとうさんはとっても荒手なやり方で私を離してくれた。


お世話かけます。おとうさん。。