わっこちゃんリブログ~ゲラゲラアップ
わっこちゃんとは、2016年11月お茶会、12月に経営ゲーム後の打上げ乱入、
2017年2月にNLPセッション、6月マカハリトリート、
8月A班食事会、翌日お茶会、10月エジプトと!!
 
惹かれて思いのままに求めてみたら、とてもお世話になっていましたお願い星
感謝です笑い泣きキラキラ
そしてブログが面白すぎて毎回コメントしたくなる~!!
なぜかというとシンクロすごいのもあり!!
リブログと共にシンクロ記録から回顧録へルンルン
 


 
まずこの記事の千駄ヶ谷鳩森神社!
最初に就職した会社が千駄ヶ谷にあったビックリマーク
 
当時の住まいは江古田で、電車に乗って千駄ヶ谷駅で降りて
歩いて会社に行く途中、この千駄ヶ谷鳩森神社があって、
通勤経路で毎日この神社を通っていた。
 
5年通ってお参りしたのは1回くらいイヒ
そんな礼儀知らずだったため、当然富士山のことは知らなかったガーン
したがって上ってもいない。なんともったいないことをぉっえーん
けれど、日月神事を読んだ時に、鳩森神社で岡本天明さんが神主代行を務めていたということを知り、そんなご縁のあるところだったのかと驚いて感動していたことは過去にあった!!
 
 
礼儀知らずながらも、毎日歩いて、通っていた5年間。
この神社で通算2回、鳩ではなくカラスに襲われた真顔
私の頭をタッチ&ゴーして行ったカラス。
(たぶん同じカラス)
 
あの時のカラスの重量感は今も忘れないビックリマークすごく重たかったよ!!
 
1回目は後方から飛んで来て、私の頭に乗って踏み切って飛んで行った。
何が何だかわからず、「え?今のカラス!?」で、終了。
プライドが傷ついてしばらく誰にも言わなかった。
#今そんなちんけなプライドはない。
 
2回目は前方から飛んで来たため怖くて「きゃああああああ」と叫び
肩をすくめたところ、頭に「ずん」と乗られ踏み切られ奴は飛んで行った。
 
「鳩森神社なのに、なんでカラスなのよ!?」と大人しかった私が吠えた。
 
その様子を偶然見た人がいて、
「大丈夫!?すごかったね!?怖かったでしょ!?」
と声をかけられたっけなぁ。
 
しかし、そのあと私は奇しくも母の愛によりお金持ちになったのです。真顔
そのタイミングは偶然ではなかったみたい、今にして思えば。
 
そして、
 
千駄ヶ谷会社員時代に知り合ったのが、台湾の蔡欣欣(さいしんしん)さん。
 
当時、私より10歳年上、台中出身の資産家の家庭の人で、
女だけの9人姉妹の末っ子で、お姉さんたちは海外に住んでいて、
蔡さんも、日本とファッションが好きで、ずっと台湾にいたけど
30歳頃、思い立って東京モード学園に入学、日本に住み、無事卒業し、
彼女の人生で初めて就職したのがその会社だったんです。
 
美人でスタイル抜群、明るい性格、神経は細やかで、ちょっと完璧主義なとこあり、日本語は、かたことだけど問題なく。
なぜか気があって、ランチや外回りなどもよく一緒になり、いろんな話をしました。
 
ここからは、せんちめんたーーるな話・・・。
長い小話か、回顧録のようなもの、私の人生の一幕、ここに書いておきます。
 
 
 
おすましペガサス乙女のトキメキ
 
 
彼女はまもなく子宮がんが見つかり、私はその話を彼女から直接聞きました。
 
忘れないなぁ・・・
千駄ヶ谷のロッテリアで鈴木あみちゃんの曲が流れていた。
 
その話を聞いたら私のほうが泣いてしまい、(若気の至りで失礼でした)
彼女は驚いて「なんで阿部さんが泣く?自分は泣かなかった。」と言ったあと、
ほろほろと涙を流したので、私も謝って、二人でしばらく泣いていました。
 
日本で手術するか、台湾に帰って手術するか、LAのお姉さんのとこに行くか、
迷っているけど、いったん帰って半年くらい休むことになると思う。
 
会社は辞めずに元気になってまた戻っておいでと社長が言ってくれたからそうする、と話してくれました。
 
私は、
「日本で手術するなら私もサポートする。
でも蔡さんが一番安心できるところを選んでほしい。
台湾に帰っても、アメリカに行っても、蔡さんが元気になってくれたらいい。
そして帰って来てくれたらとても嬉しいし、もちろん私も待ってる。」
と伝えました。
 
蔡さんは、一度台湾の実家に帰り、中医(ちゅうい:中華圏で伝統的な東洋医術のお医者さんのこと)に診てもらったあと、LAのお姉さんのところへ行って、アメリカの病院で手術をして療養し、その後また台湾に帰り、中医の療法をしてから、本当にまた会社に戻って来てくれました。
 
蔡さんの長くて真っ直ぐな艶々の黒髪。
それを取っておいてエクステにしてもらったと言って、
短い髪をまとめたところに、そのエクステをポニーテールのようにつけて、
相変わらずカッコよく素敵で綺麗な蔡さんで戻って来ました。
 
そして、闘病中に素晴らしい彼氏にもめぐり合って、紹介してくれました。
レキと言って、台北出身で、お父さんは議員、お母さんは出版社の社長さんという
ハイソサエティーな家庭の人で、
明るくて気さくで優しくて、思いやりがあって気配りに長けていて、
蔡さんも甘えられる器の大きな人で、
明るい笑顔の蔡さんを見て、心から良かったと私も安心しました。
 
しばらく会社で仕事をしている時も、プライベートでも、
楽しい時間を過ごして、やがて蔡さんは会社を辞め台湾へ帰りましたが、
必ず遊びに来てねと言ってくれたので、まもなく私も台湾へ遊びに行きました。
 
蔡さんとレキは、台北から車で15分ほどの新店という町の
ゲーテッドコミュニティにあるタワーマンションの最上階を購入して
一緒に住んでいました。
 
レキが蔡さんのために、空気が良くて自然のあるところを選び、
蔡さんも毎朝きれいな空気の中を散歩するのが
とても気持ちよくて好きだと言っていました。
 
その散歩道を朝日の中、一緒に歩いたり、
夜は台北の夜景が一望できるリビングで、キャンドルの灯りと間接照明の暖かな光が揺れる中、みんなでワインを飲んでお喋りしたり、
私が持って行った平原綾香さんの「ジュピター」のCDを聴いて
蔡さんとレキが「この歌いいね」と気に入ってくれたのでプレゼントしたりして。
 
そのCDは台湾に行く前、私も好きだったのと、蔡さんと平原綾香さんの雰囲気が少し似てるような気がしたので、蔡さんが気にいったらあげようと思って買って持って行ったもの。
 
滞在中の移動・観光・宿泊・食事のすべてをお世話してくれて、
こんなにしてもらえない、自分のは自分で払うよ、と言うと、
台湾では、恩人や客人が家に来てくれたら全部もてなす、
阿部さんは恩人、お礼したいのだから遠慮せず受け取ってと言われて
恩人てほど何かしたっけ?と私は恐縮しまくったけど、
お言葉に甘えた結果、航空券とお土産以外は本当に1円も使わずじまいとなった。
 
車でいろんなところへ連れて行ってもらった。
風光明媚な淡水(たんすい)、士林(しりん)の夜市、仇分(きゅうふん)、
台北の朝市や台湾総督府だった建物や、中正記念堂、
故宮博物館で清朝時代の至宝(本物は台湾故宮にあるんだって)を見たり、
観光地にある有名なお寺をお参りしたり、
 
そして山の中の美しいお寺に連れて行ってくれた。
お寺がある山頂付近からの景色が最高で、蔡さんとレキが一番好きなお寺。
名前を覚えてないけれど、空気がとても清々しくて、気持ちのいい風が吹いている
静かで穏やかなところに、大きな建物と立派なお仏像があった。
 
次に来たときは、実家の台中に行こう、高雄や日月潭にも行こう、温泉もいいところがあるよ、と言ってくれて、パイナップルケーキを持たせてくれて、台湾を後にした。
 
何年だっけ?2004年4月だったかな・・・?
 
そのあとは日常を送る中で蔡さんのことも忘れてしまい、
ふと思い出した2007年、連絡をしてみたけど電話がうまくつながらず、
手紙も送ったけれど返事も来なくて、それきりになってしまった。
 
あの蔡さんとの出会いは今思えば不思議。
 
その後、北京出身の子と知り合って語学が堪能だったので、
蔡さんの話をしたら台湾に探しに一緒に行ってみようという話になったものの、
あとから「中国人は台湾に行けなかった」と言われ、結局探しに行く旅も実現しなかった。
 
 
おすましスワンふんわりリボン
 
まだ元気かな?
 
姉妹がみんな女性特有の病気になっていて遺伝的なものだから
自分もそうなるだろうと思っていた、
そう言っていた蔡さん。
 
9人姉妹になったのは、男の子が生まれるまで両親が頑張ったのだけど
ついに男の子に恵まれずあきらめたから。
 
でも、お母さんもお父さんもお姉さんたちも、
みな仕事をがんばっているいい人たちだ、そんな運命だ、
と明るく話してくれた蔡さん。
 
 
今、元気だったら50代になっている。
蔡さんが日本を発つ時に私に渡してくれた翠色の茶器。
 
 


 
 
 
会いたーーーーい!
 
 
 
春に行った台湾。
今年の春は、わっこちゃんや他の人からもブログやらなんやら
「台湾」のサインが何度も来るから思い出してしまった。
 
 
 
台湾行こうかな?
行くとなったら蔡さんにも会えるような気がする。
中国語堪能で台湾一緒に行ってくれる子いたらいいな。
 
忘れては繰り返し思い出す蔡さん。
蔡さんも私のこと思い出してくれることあるかな?
 
今もし会えたら泣いちゃうだろうな。
 
 
 
ピンク薔薇
 
もう一つ思い出した。
 
春先、二人で四谷のお客さんのところへ行った時、
車を止めたところに白木蓮(ハクモクレン)が数本並んであって
そろって満開だった。
 
助手席の蔡さんは、少し気分が悪いから車で休んでいていいかと私に聞いた。
冷や汗と青い顔を見て、休んでて、と私はシートベルトを外しながら言った。
私の運転で気持ち悪くなってしまったのかと申し訳なかった。
思えばその頃はもう、体調に異変をきたしていた時期だったんだ。
いつもお腹が痛いと言って、痛み止めを飲んでいた。
 
 
シートを倒して楽な姿勢をとった蔡さんの
長いまつげ、黒く輝く瞳が白い花を見つめていた。
「きれい・・・」
蔡さんは苦しそうにしながらも、微笑んで呟いた。
 

フロントガラス全面に、花々が絵のように見えた。
 

「ほんとだ、きれいだね、、」
 
「なんて花?」
 
「もくれんていう花・・」
 
「モクレン?」
 
「英語でマグノリアだったかな・・?」
 
「ああマグノリア、聞いたことある、白いのは初めて見た。」
 
「私もこの白い木蓮が大好きなんだ・・でもこんなに綺麗に咲いてるの見るのは初めてかも・・」
 

本当に心配な状態だったので病院に行くか声をかけると、
蔡さんは笑ってここで休んでいれば大丈夫と言って、
自分の身体を癒すかのようにその花を見つづけていた。

 
 
本当に美しく、立派で、昼下がりの青い空に映えていて、
そよ風に揺れている様子に見とれ、しばし一緒に眺めた。
 
 
打ち合わせが終わって戻ると蔡さんは車の中で眠っていた。
静かにドアを開けたけど、蔡さんは起きて、笑ってお帰りと言った。
 
 
 
ピンク薔薇
 
 
家のそばにも白木蓮があるけれど
今年も雨に打たれてすぐに茶色くなってしまって
寒暖激しく満開に咲き誇る姿は見られなかった。
 
あの時、蔡さんとみた白木蓮が、今のところ最高の綺麗さだったと今思う。
 
あの綺麗な光景が蔡さんの中に今もあって、
時たま蔡さんの心を和ませてくれていたら良いなと思う。
 
 
 
 

 

わっこちゃんのリブログをきっかけに、つらつら長く書いてしまいましたが
おつきあいいただいた皆様、ありがとうございますクローバー

4/9 追加