自分の作ったルールに縛られる | 真の《水瓶座の時代》へ  ~Presented by sIlvercode~

真の《水瓶座の時代》へ  ~Presented by sIlvercode~

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私は昔から整ったものが好きでした。
色や数字が私の中にある規則に基づいていないと落ち着かないのです。

強迫観念とまで極端ではありませんが、
それに近い自分ルールがあります。

「異常さ」に始めに気付いたのは保育園生の時でした。


折り紙を折る時、24色ある折り紙の色別の枚数を数えるところから始まります。

例えば、赤が3枚、橙色が4枚、黄橙が5枚あるとするならば、
赤の枚数に合わせて橙色を1枚、黄橙を2枚先に使ってようやくスタートの赤から始められるのです。

後半にある青や、人気の金色、銀色に辿り着くには、一日かけてくす玉を作らなければなりませんでした。

しかも途中で邪魔が入って(!)一枚でも抜かれてしまうと、数を揃える作業から再開しなければならないのです。

自由に「好きな色」を選ぶ子が羨ましいと思う反面 無秩序な性格だとも感じていたので、
数を美しいバランスに整える自分が誇らしくもありました。


スーパーでお菓子を買って貰うときは左上の棚から。
デパートで洋服を選ぶ時はマネキンの着ているものか左手前から。

商品が入れ換えしたらやり直しなので、
食べたいお菓子を母に「これ買って!」と持っていくことのできる弟が羨ましかったです(*´-`)笑
(私が選ぶほとんどはおやつ昆布か栗饅頭でした!)



私は20歳になるまでに優に7,000冊の本を読んでいますが、
それは読書好き以上に「好きな本に辿り着くにはここまでの本を読まなくてはならない」という縛りがあったからです。

図書館や書店にお勤めの方はご存知と思いますが小説は十進分類表の最後なので、打開策として新刊とそれぞれの項目をスタート地点とすることはOKというルールを追加しなければならないくらい、絶体的なのです。



「順番にこなさないと欲しいものは得られない」ということが当たり前になっていたので、
「選ぶ」ということの最初のトレーニングになったのがオーラソーマだったのです。

私が初めて見た当時は100本(B0~B99)までだったのですが、
大好きなペールカラーのB58のボトルに至るには「苦手な」原色の混ざるB0~B57までを使わなければならないと「勝手に」思い込んでいました。
(Bはボトル、またはバランスナンバー)


オーラソーマにはYou are the colours what you choose.(あなたが選んだ色があなた自身です)」という基本理念があります。

誰か他の人が決めた順番ではなく
自分が選ぶその感覚に従う。

今まで「好き」に選んでいたものは「ルールに則っていたもの」ですが、 
私にとってある意味「強制的に」自分の感覚と向き合うよう促したのは「もっとも自由な」ツールだったのは面白い逆説です。



オーラソーマには古代の叡知や秘技、神学、宗教や鉱物学、薬草学、伝統医学など様々な情報が上下2色の綺麗なボトルの中に込められていました。

私が数秘に始めて出会ったのも、このオーラソーマからでした。

数秘を知ることで、もう一つの自分の「規則のクセ」を知る切欠ともなるのです。


私には「優先される数字」という感じ方があります。

それは、1+2+3+4+5+6+7+8+9+10…と数字を一つずつ足していく時の「和となる数字」です。

13(1+2)→6(3+3)→10(6+4)…

何かを選ぶ時は、この数列に則るいずれかの数字でないと非常に強い違和感とストレスを感じました。

もしこの数字にないならば、
10進法→5進法→2進法→3進法の順のいずれかの数字。

それ以外の数字しかない場合は最早選べなかったのです。



オーラソーマの講座ではセッションのロールプレイングがありますが、色と数秘の解釈がメインになってしまって「色を通じてその人を読み解くこと」がどうしても出来ませんでした。
気付かない内にエンパス(共感能力)や直観力を強く働かせていたので、ツールを飛び越して相手のことを「見て」しまっていたんですね。

何もしなくても「見る」ことが勝手に出来てしまうので、「感じたものを紐解く」ということに煩わしさを感じていました。
「なんでわざわざ分かりきったことに向き合わないといけないの?」って。



自分をがんじがらめにするルールは単に私のめんどくさい考え方のパターンで、それが才能だと自分自身で気付くことは出来ませんでした。

だから私は「私が『特別』だと思う才能が欲しい!」と強く思っていたんです。

自分には何もないから、
誰にでも認められる才能が欲しい。

その時向き合うべきは「認められたい」という欲求であり、そこには「特別な能力」は必須ではありません。
何であっても「認められたい」という気持ちを先に満たせば良かったのです。



もうちょっとですが、続きます!ピンクハート